夜間の人工照明による「光害(こうがい)」が、想像以上の速さで地球の生態系を変えつつあります。科学誌『ネイチャー・リビューズ・バイオダイバーシティ』に2026年11月4日付けで掲載された国際的な総説論文は、光害対策に明確な「優先順位」を示しました。この研究を海外の科学ニュースサイト「Phys.org」などが報じています。論文にはドイツのライプニッツ淡水生態学・内水面漁業研究所(IGB)の研究者らも共著者として参加しています。日本ではまだほとんど知られていない、この最新の知見を紹介します。
光害は毎年約10%ずつ明るくなっている
この総説によると、世界の夜空の明るさはこの10年間、平均で年に約10%ずつ増してきました。現在のペースが続けば、2052年までに地球の陸地の半分が光害の影響を受ける可能性があるといいます。
都市は海岸や淡水域の近くに集中して発達する傾向があり、人工光はこれまで「手つかず」とされてきた自然環境にも広がっています。光害はもはや都市だけの問題ではなく、郊外や保護区の生態系にまで及ぶ現象になっているのです。
消えないメラトニン、乱れる動植物のリズム
総説が重視するのは、光害が生き物の体内時計そのものを狂わせているという点です。鳥類・哺乳類・両生類・爬虫類・魚類という多様な脊椎動物のグループで、人工光によってメラトニン(眠りや体内時計の調整に関わるホルモン)の分泌が平均36%も抑えられることが、これまでの研究から分かっています。これは飼育下の個体でも野生の個体でも、昼行性・夜行性のどちらの種でも確認された傾向です。
影響はホルモンだけにとどまりません。都市の街路樹は人工光の下で芽吹きが早まり、紅葉・落葉が遅れる傾向があり、フェノロジー(生物が季節ごとに示す行動や成長のタイミング)への影響は、気温の変化よりも光害の方が大きいケースがあるといいます。一部の鳥は本来より早い時間から歌い始めるようになり、街灯の周りには昆虫とそれを狙うクモが集まって密度が高くなります。
海でも同様の変化が起きています。照明に照らされたサンゴの周りには捕食性の魚が集まり、群集の構成そのものが変わってしまいます。ピューマや渡り鳥は明るい場所を避けて行動し、砂浜で営巣するシギ・チドリ類は分布を変え、ウナギは照明に照らされた橋の近くで回遊ルートを外れることが報告されています。こうした変化が積み重なることで、これまで地球上に存在しなかった「新しい生物群集」が生まれつつある、と総説は指摘しています。
分かっていること、まだ分かっていないこと
総説が明確にしているのは、光害が種や生態系の種類を問わず、方向性としては一貫した悪影響を及ぼしているという点です。一方で、著者らは規制が進みにくい理由も挙げています。特定の光源が「どれだけの環境被害を与えたか」を証明すること、被害と光害の因果関係を立証すること、そして責任を負うべき事業者や管理者を特定することが、いずれも難しいためです。
共著者のフランツ・ヘルカー氏(IGB)は「科学的な知見と、生物多様性の保護の間には、まだ大きな隔たりがある」と述べています。つまり、光害が生態系に悪影響を与えていること自体は広く確認されていますが、それを法律や都市計画にどう反映させるかという「実装」の部分は、まだ発展途上だということです。
対策に「優先順位」をつける4段階の考え方
この総説の最大の提案は、光害対策を場当たり的に行うのではなく、優先順位をつけて進めるべきだという点です。研究チームは次の4段階の階層を提示しました。
- 第1段階:正当な必要性が示されない限り、光源そのものを完全に取り除く
- 第2段階:専用の光学部品や遮光具で光を空間的に絞り込み、照度(明るさの強さ)を下げる
- 第3段階:タイマーや人感センサーで点灯時間を制限する
- 第4段階:光のスペクトル(色味)を調整する
この順番がポイントです。「色を暖色系に変える」といった対策は一見分かりやすいものの、総説の考え方では最後の手段に位置づけられており、まずは「消す」「隠す」ことが優先されるべきだとしています。
さらに著者らは、照明の種類や使用状況ごとに科学的根拠に基づく排出上限を定める仕組みや、重要な生息地どうしを暗闇でつなぐ「ダークコリドー(夜間も暗さを保つ移動経路)」の整備も提案しています。これはEUの自然保護制度「Natura 2000」のような、生息地のネットワークを守る発想と組み合わせられるといいます。ドイツのフルダ市や米国フロリダ州のガルフコーストでは、防犯上の明るさを保ちながら生態系への影響を抑える照明の実例があるとして紹介されています。
世界で動き出す光害の規制
政策面でも動きが出てきています。渡り鳥の保護を目的とした国際条約「移動性野生動物の種の保全に関する条約(CMS)」は、2024年の第14回締約国会議で「国際光害ガイドライン」を採択しました。オーストラリアは2023年に「野生動物のための国家光害ガイドライン」を策定し、ドイツは2021年の改正連邦自然保護法(通称「昆虫保護法」)に、屋外照明を制限する条項を加えています。
こうした制度はいずれも、今回の総説が指摘する「科学と政策の隔たり」を埋めようとする試みだと位置づけられます。ただし、国や地域によって対策の進み方には大きな差があるのが現状です。
日本ではどうか
日本でも、光害への関心は少しずつ広がっています。環境省は「光害対策ガイドライン」を公表し、屋外照明の適切な設置方法などを示していますが、これは法的拘束力を持つ規制ではありません。地域レベルでは、岡山県井原市(旧美星町)が1989年に全国に先駆けて光害防止条例を制定したことで知られています。星空の保護という観点では、西表石垣国立公園(沖縄県)が、2018年に国際ダークスカイ協会から星空保護区(ダークスカイ・パーク)に認定されました。日本で最初の認定です。
一方、今回の総説が示したような、生態系への影響を踏まえて国全体の照明基準を科学的根拠に基づいて見直す、という段階には日本はまだ至っていません。渡り鳥や海の生物など、同じ種がかかわる問題は日本の沿岸部でも起こり得るだけに、海外の知見を取り入れる余地は大きいといえそうです。
まとめ
今回の総説が示したのは、光害が年約10%という速さで広がり、メラトニン分泌を平均36%抑えるなど、動植物に一貫した影響を与えているという事実と、対策には「消す」「隠す」「時間を絞る」「色を変える」という優先順位があるという考え方です。
家庭でもできることはあります。外の照明を使うときは、まず本当に必要かどうかを見直し、必要な場合は光を下向きに絞る、使わない時間はタイマーで消灯するといった工夫から始めてみてはいかがでしょうか。色温度を下げることは効果がないわけではありませんが、今回の知見に従えば、それは最後の調整だと考えておくとよさそうです。
出典:
Phys.org「Mitigating the ecological consequences of light pollution」