「星空が消えていく」──そんな警告を、米コーネル大学の研究者が新刊で発しました。
同大学の広報誌「Cornell Chronicle」が2026年9月22日に伝えたところによると、科学技術史学者サラ・プリチャード教授は、光害(ひかりがい、light pollution:過剰な人工照明が引き起こす環境問題)の100年史をまとめた新著『Transforming Night』を出版しました。単なる星空喪失の話にとどまらず、「誰が光を得られていないのか」という公平性の問題にまで踏み込んだ、海外発の注目すべき論考です。
この15年で夜空は激変した――数字が語る光害の実態
プリチャード氏の著書によれば、世界の光害は2011年から2022年にかけて年平均およそ10%のペースで拡大してきました。単年の変化ではなく、10年以上にわたって続いてきた傾向であるだけに深刻です。仮にこの伸び率がこのまま続けば、10年後には現在の2倍以上の明るさになる計算になります。
一方で、この「光の拡大」は世界に均等に及んでいるわけではありません。プリチャード氏は、世界人口のおよそ10人に1人が、いまだ十分な電気照明を利用できていないと指摘します。
特にサハラ以南アフリカでは、この「光貧困(こうひんこん、light poverty:必要な照明を得られない状態)」と呼ばれる状況が集中しているといいます。都市部では光が溢れすぎる一方、電力インフラの乏しい地域では光が足りなすぎるという、ねじれた不均衡が同時に進行しているのです。
光害はどう「発見」されたのか――4つの科学分野がたどった100年
プリチャード氏の著書が優れているのは、光害を単なる自然現象としてではなく、科学者たちがどのように光を「問題」として認識していったかという歴史として描いている点です。著書は、光害研究に関わってきた4つの分野を整理しています。
- 天文学――最も早くから人工光の影響を訴えてきた分野です。夜空の観測条件悪化への危機感から、天文台はより暗い土地を求めて移転を重ねてきました。
- リモートセンシング(remote sensing:人工衛星などによる地球の遠隔観測技術)――地球の人工照明を宇宙から可視化し、光害を「地球規模の問題」として認識させる役割を果たしました。
- 保全科学――暗闇そのものを、守るべき自然環境の一要素として捉える視点を提供しました。
- 生態学――人工光が繁殖や渡り、睡眠といった生物の生存に不可欠なプロセスにどう影響するかを解明してきました。
これら4分野がそれぞれ異なる角度から警鐘を鳴らしてきたことで、光害は次第に「見過ごせない環境問題」として社会に認識されるようになったのです。
「天文植民地主義」という言葉が突きつける不都合な現実
著書の中でとりわけ印象的なのが、「astrocolonialism(アストロコロニアリズム、天文植民地主義)」という言葉です。これは、天文学者たちが観測条件の良い暗い土地を求め、ハワイやチリなど先住民族の土地や文化的に重要な場所に大規模な天文台を建設してきた歴史を指す概念です。
「暗い夜空を守る」という一見誰も反対しようのない目的が、実際には特定の土地や住民に負担を強いる形で進められてきた側面がある――この指摘は、光害対策を考えるうえで見落とされがちな視点を提供します。実際、ハワイ島マウナケアの巨大天文台群をめぐっては、先住民の聖地としての価値と天文観測の利益が長年対立してきた経緯があり、プリチャード氏の議論はこうした事例とも重なります。良かれと思って進める環境保護活動であっても、それが誰にとっての利益かを問い直す必要がある、という教訓は、光害に限らず他の環境問題にも通じるものでしょう。
迫る新たな脅威――衛星メガコンステレーションという「宇宙からの光害」
プリチャード氏が特に強い警戒を示しているのが、衛星メガコンステレーション(数千から数万機規模の人工衛星群を低軌道に展開する通信インフラ計画)による新たな光害です。
同氏によれば、今後10年間で数万から数十万機規模の衛星が低軌道に打ち上げられる計画が進んでおり、実現すれば地球上のほぼ全域で夜空の明るさに影響が及ぶ可能性があるといいます。
これは、地上の照明を規制するだけでは解決できない、まったく新しい種類の光害です。
従来の光害対策は「街灯を減らす」「屋外照明を工夫する」といった地上での取り組みが中心でしたが、宇宙空間を飛び交う衛星群が肉眼で見える明るさで夜空を照らすとなれば、対策の枠組みそのものを見直す必要が出てきます。
プリチャード氏は、この問題への対応を先送りせず、早急に手を打つべきだと訴えています。
光害と光貧困は表裏一体――「光の正義」という新しい発想
プリチャード氏が提案する最も重要な概念が「光の正義(ひかりのせいぎ、light justice)」です。これは、光害(過剰な照明による環境・健康被害)と光貧困(必要な照明を得られない状態)を、対立する問題としてではなく、同じ構造から生まれた表裏一体の課題として捉え直す考え方です。
米国内でも、過剰な照明は地域によって偏って分布していることが環境正義の研究者らによって明らかにされています。一方で、安全や生活のために十分な照明を得られていないコミュニティも存在します。
プリチャード氏は、「誰もが良質な照明と、有益な暗闇の両方を享受する権利がある」と述べ、単純に「暗くすればよい」という発想ではなく、必要な場所には適切な光を届けつつ、過剰な光は抑えるという、きめ細かな政策の必要性を強調しています。
この視点は、健康研究や環境研究に裏付けられた照明規制、新しい照明技術の活用、そして都市や郊外を含めた「夜の回復」の取り組みという、具体的な政策の方向性にもつながっています。光害対策を一律の「消灯」運動として捉えるのではなく、地域ごとの事情に応じてきめ細かく設計していく姿勢が求められているといえるでしょう。
まとめ
プリチャード氏の新著が示すのは、光害が単なる「星が見えなくなる」問題ではなく、環境・健康・公平性が絡み合う複合的な課題だという事実です。
年10%という拡大ペース、衛星メガコンステレーションという新たな脅威、そして光貧困という見過ごされてきた視点――これらはいずれも、私たちが夜をどう使うかを考え直すきっかけになります。
日本でも地域に応じた光害対策が進んでいますが、今後は「光の正義」という視点を取り入れた、より公平な照明政策が求められていくでしょう。