アメリカの象徴的建造物「ゲートウェイアーチ」(セントルイスにある高さ192メートルのステンレス製アーチ)が、渡り鳥を守るため9月のあいだ、夜間のライトアップを完全に消灯しています。
米メディア「The Weather Channel(ウェザーチャンネル)」や地元紙報道によると、これは全米各地に広がる「ライツアウト(消灯)運動」の一例です。
日本ではまだあまり知られていませんが、海の向こうでは今、街の明かりを落として鳥を守る取り組みが急速に広がっています。
年間10億羽が犠牲に――光害と鳥衝突の深刻な実態
渡り鳥のおよそ80%は夜間に飛行するといわれています。星や月の光を頼りに方角を定めて長距離を移動しますが、都市の強い人工光がこの感覚を狂わせてしまいます。
光に引き寄せられた鳥は方向感覚を失い、体力を消耗したり、ビルの窓ガラスに衝突したりします。米コーネル大学鳥類学研究所の推計では、建物への衝突によって米国だけで年間およそ10億羽の鳥が命を落としているとされます。
これは「バードストライク」と呼ばれる現象で、航空機と鳥の衝突事故を指す言葉として使われることもありますが、ここではビルや住宅の窓に鳥がぶつかる被害を指します。
セントルイスを含む中西部は「ミシシッピー・フライウェイ」(ミシシッピ川に沿って南北に伸びる渡り鳥の主要な移動ルート)にあたり、北米の渡り鳥の水鳥のうち約40%がこのルートを利用するといわれています。1本のアーチの消灯が些細な対策に見えても、渡りの通り道そのものに関わる話だと分かります。
夜行性の昆虫が街灯の周りをぐるぐると飛び続けてしまう現象と、仕組みは似ています。本来の目印であるはずの星や月よりもはるかに強い人工の光に感覚を奪われ、鳥は自らの意思とは関係なく都市の明かりへ引き寄せられてしまうのです。
ゲートウェイアーチの「消灯」、20年以上続く伝統
ゲートウェイアーチを管理する米国立公園局(National Park Service)は、2002年から春と秋の渡りの時期にあわせてアーチの照明を消す取り組みを続けています。渡りのピークは主に5月と9月で、今年もその慣例にしたがって9月いっぱい消灯が続けられています。
注目したいのは、これが一過性のキャンペーンではなく、20年以上にわたって毎年繰り返されてきた「制度化された対策」だという点です。派手な新技術に頼らず、ただ「必要のない時間に照明を消す」というシンプルな行動を積み重ねてきたことが、長続きの理由といえそうです。
消灯でどれだけ被害が減るのか――シカゴとフィラデルフィアのデータ
消灯の効果を裏づけるデータもあります。シカゴのイベント会場「マコーミック・プレイス」では、渡りのピーク時に照明を落としたところ、鳥の死亡数が59%減少したと報告されています。フィラデルフィアのある観測地点では、夜間照明を減らした結果、衝突件数が70%も減ったというデータもあります。
これらの数字が示すのは、光害対策が気候変動対策などと違い、「今夜、電気を消せば今夜から効果が出る」という即効性を持つ環境対策だという点です。設備投資も技術開発も必要とせず、意識と行動の変化だけで大きな成果を出せるのは、光害問題ならではの特徴です。
近年は「BirdCast(バードキャスト)」と呼ばれる、レーダーとAIを使って渡り鳥の飛来数や規模をほぼリアルタイムで予測するシステムも普及し、「今夜は特に鳥が多く飛ぶ」というタイミングを住民が事前に知って行動できるようになってきました。
住民参加で広がるオレゴン州の新たな挑戦
大規模施設だけでなく、一般住民を巻き込んだ動きも生まれています。オレゴン州中部では「Lights Out Central Oregon」という新しいキャンペーンが始まりました。地元の天文団体や野鳥保護団体、野生動物保護団体が連携し、11月上旬まで、午後11時から午前6時のあいだ不要な照明を減らすよう住民や事業者に呼びかけています。
この地域はやはり渡り鳥の主要ルート「太平洋フライウェイ」上にあり、ピーク時には一晩で数万から数十万羽もの鳥がデシューツ郡の上空を通過するといいます。地元ベンド市議会は10月7日にこの取り組みを公式に認知する宣言を行う予定です。
キャンペーンが住民に呼びかけている具体策は、次のようなものです。
- 不要な屋内・屋外の照明を消す
- ブラインドやカーテンを閉める
- 人感センサー付き照明を導入する
- 屋外照明は下向きに設置する
- 暖色系(電球色)の照明に切り替える
- 窓ガラスに間隔2インチ(約5センチ)以内のシールや模様をつけて衝突を防ぐ
どれも特別な技術や高額な投資を必要としない、家庭でもすぐに実践できる内容です。この「誰でもできる」という手軽さこそが、運動が急速に広がっている理由のひとつだと考えられます。
なぜ「消灯」はここまで支持されるのか
光害対策が他の環境問題と比べて特異なのは、原因を止めれば影響も即座に消えるという「可逆性」の高さです。大気中の温室効果ガスのように蓄積して長期間残ることがなく、スイッチひとつで元の暗い夜空に戻せます。
もちろん、防犯や安全のために夜間照明が必要な場面もあります。だからこそ各地の運動は「照明をゼロにする」のではなく、「不要な時間・不要な方向への光を減らす」という現実的な落としどころを探っています。人感センサーや下向き照明の推奨は、その工夫の表れといえるでしょう。エネルギーコストの削減という副次的なメリットも、企業や自治体が取り組みやすい後押しになっています。
気候変動対策のように国際交渉や巨額の設備投資を必要とせず、自治体の宣言や住民への呼びかけだけで具体的な成果を出せる点は、他の環境問題ではなかなか見られない強みです。だからこそゲートウェイアーチのような大規模施設から、オレゴン州の一般家庭まで、規模を問わずに参加できる運動として広がりを見せているのだと考えられます。
補足:日本の光害対策と渡り鳥問題
日本でも野鳥のガラス衝突(通称「バードストライク」)は認識されており、日本野鳥の会などが被害の実態調査や情報収集を行っています。光害そのものについては、環境省が「光害対策ガイドライン」を策定し、必要な場所を必要な時間だけ照らす配慮を自治体や事業者に促しています。
条例レベルでは、岡山県井原市が天体観測環境を守るための光害防止条例を古くから運用していることで知られます。また沖縄県の西表石垣国立公園は、星空の美しさが評価され「ダークスカイパーク」(国際的な団体が認定する、人工光の影響が少なく星空観察に適した場所への認定制度)に選ばれています。渡り鳥の経由地でもある日本の島々にとって、光害対策は星空だけでなく生態系保全の観点からも今後注目される分野になりそうです。
まとめ
年間10億羽ともいわれる鳥の衝突死に対し、米国ではランドマークの消灯から住民参加型キャンペーンまで、規模もかたちもさまざまな「ライツアウト運動」が広がっています。シカゴやフィラデルフィアの数字が示すとおり、消灯という手軽な行動が最大7割もの被害減少につながる点は見逃せません。しかも必要な設備はほぼゼロで、今夜からでも始められる対策だという点が、他の環境問題にはない強みです。渡りの季節を迎える日本でも、身近な照明を少し見直すことから、同じような効果が期待できるかもしれません。