フロリダ大学の公共ラジオ局WUFT(WUSFで配信)が2026年9月27日に報じたところによると、米フロリダ州アラチュア郡のアマチュア天文家たちは、今年の夏「星がほとんど見えない」という異例の事態に見舞われました。
原因は光害だけではありません。
干ばつや山火事、記録的な湿度といった気候変動の影響が重なり、天体観測そのものが難しくなっているというのです。
海外発のこの報告は、日本の夜空を考えるうえでも示唆に富んでいます。
数十夜のはずが、わずか2夜に
アラチュア天文クラブの運営委員を務めるウォーレン・シュミットさん(78)は、2021年から天体写真を撮り続けてきました。
例年の夏なら数十夜は望遠鏡を空に向けられるはずが、今年はわずか2夜しか撮影機会がなかったといいます。
「ゲインズビルで過ごしてきた中で、今年の夏はおそらく最悪だった」とシュミットさんは振り返ります。
同じクラブの会長を務めるマシュー・ピーターズさんも「暗い夜空にたどり着くこと自体が、年々難しくなっている」と話しています。
この10年で夜空はどれだけ明るくなったのか
記事によると、人工的な夜間の明るさ(光害)は2011年から2022年にかけて年平均9.8%のペースで増加しました。さらに2014年から2022年の8年間だけで、世界全体の人工照明は16%も増えています。
天文学者が夜空の暗さを表す際によく使うのがボートルスケール(Bortle Scale、夜空の明るさを1〈最も暗い〉から9〈都市中心部〉までの9段階で示す指標)です。
2016年の調査では、すでに世界人口の3分の1が天の川を肉眼で見られない環境で暮らしていると報告されており、事態はそこからさらに悪化していることになります。
人工照明は世界の電力消費の約5分の1、CO2排出量の約6%を占めるとも記事は指摘しています。光害は単に星が見えなくなるだけでなく、エネルギーの無駄遣いという側面も持っているのです。
追い打ちをかける干ばつ・山火事・湿度
記事が伝えるのは光害だけではありません。
アラチュア郡ではおよそ17%の地域が深刻な干ばつ状態にあり、2026年4月には隣接するリーバイ郡で「カウクリーク火災」が発生、2,400エーカー(約970ヘクタール)を焼失しました。この煙と大気質の悪化により、大学の観測所は複数の夜にわたってドームを開けられなかったといいます。
さらに深刻なのが湿度です。エルニーニョ現象(太平洋赤道域の海水温が平年より上昇し、世界的な異常気象を引き起こす現象)の影響でメキシコ湾から湿った空気が絶えず流れ込み、湿度が90%を超える夜が増えました。
フロリダ大学天文台のディレクター、トリアナ・アルメイダさんは「そんな夜にドームを開ければ機材が壊れてしまう」と懸念を語っています。レンズの結露やカビの発生は、高額な機材の買い替えにもつながりかねません。予測では非常に強いエルニーニョが発生する確率は75%とされ、この状況は2027年2月ごろまで続く見通しです。
光害が天体観測の「質」を下げる問題だったのに対し、気候変動は観測の「機会」そのものを奪います。この2つが同時に進行することで、天文学、特に一般の愛好家による観測活動が急速に縮小しかねないというのが、記事が示す核心的な懸念です。
街の対策——シールド照明と「夜空シミュレーター」
こうした状況を受け、アラチュア郡は2026年5月、屋外照明の使い方を見直す新方針「ポリシー5.3.7」を採択しました。既存および計画中の屋外照明を、適切な明るさ・向き・点灯時間の基準に照らして評価するという内容です。
この政策の土台となったのが、フロリダ大学のソフトウェア開発者でクラブ会員でもあるジェイ・ローゼンさんが個人で開発した「Night Sky Simulator(夜空シミュレーター)」というツールです。
街灯を、光を下方向だけに絞るシールド照明(光源を覆い、不要な方向への漏れを防ぐ照明器具)に交換し、色温度の低い暖色系の光に切り替えることで、省電力と夜間の視認性向上を両立できることを可視化しました。
- 球形の街灯 → 下方向だけを照らすシールド型へ
- 白色・青白い光 → 波長が長く散乱しにくい暖色系の光へ
- 常時点灯 → 必要な時間帯だけ点灯する運用へ
対策自体は目新しいものではありませんが、行政と市民が協力し、可視化ツールを使って合意形成を進めた点は、他地域にとっても参考になりそうです。
なぜ「合わせ技」の脅威に注目すべきか
今回の記事が興味深いのは、光害単体ではなく、気候変動と組み合わさることで被害が増幅される構図を描いている点です。
干ばつや山火事は今後さらに頻発すると予測されており、そのたびに天文台は一時休止を強いられます。
そこに慢性的な光害が重なれば、せっかく晴れて観測条件が整った貴重な夜でさえ、都市の明かりに邪魔されて成果が得られない、という悪循環が生まれかねません。
これは専門の天文学者だけの問題ではありません。
フロリダ大学の教育観測所には年間800人以上の学生や市民が訪れており、こうした「星を見る体験」の減少は、科学への関心や環境教育の機会そのものを狭めることにもつながります。
光害対策は天文学のためだけでなく、次世代の科学リテラシーを育む場を守るための投資とも言えそうです。
さらに見逃せないのは、光害対策には即効性がある一方、干ばつや山火事といった気候変動由来の問題は簡単には解決できないという非対称性です。
だからこそ、自分たちの手で今すぐ改善できる光害から着手する意味は大きいと言えるでしょう。
豆知識:日本の光害対策はどこまで進んでいるか
ちなみに記事に登場した「ボートルスケール」は、日本の天体観測地選びでもよく使われる指標です。数字が小さいほど夜空が暗く、天の川がくっきり見えることを意味します。
日本でも光害対策の歴史は意外と長く、環境省は1998年に「光害対策ガイドライン」を策定し、屋外照明の適正な設計を呼びかけています。
岡山県井原市は1989年に全国で初めて光害防止条例を制定した自治体として知られ、天文台がある美星町エリアを中心に星空保護に取り組んできました。
近年では沖縄県の西表石垣国立公園が2024年に国際ダークスカイ協会から「ダークスカイパーク」の認定を受けるなど、地域ぐるみでの星空保全が国内でも広がりつつあります。
まとめ:星空を守るには「両輪」の視点が必要
フロリダの事例は、光害という慢性的な問題と、干ばつや山火事、異常な湿度といった気候変動由来の急性的な問題が同時に進行する現実を浮き彫りにしました。
年9.8%という光害の増加ペースは決して小さくなく、対策を先送りするほど夜空を取り戻すのは難しくなります。
シールド照明への切り替えや点灯時間の見直しは、電気代の節約という即効性のある効果も期待できます。
気候変動への対応と合わせて、身近な照明の見直しから始めることが、星空を次世代に残す第一歩になりそうです。