NASAの最新望遠鏡を襲う「光の線」の正体と、天文学が直面する破滅的な未来
夜空を見上げると、静かに動く人工衛星の光を見かけることが多くなりました。
しかし今、この人工の光が最先端の宇宙科学を揺るがす深刻な事態を引き起こしています。
エンジニアであり宇宙専門ライターでもあるアンディ・トマズウィック(Andy Tomaswick)氏が2026年6月に発表した記事によると、NASAの新しい宇宙望遠鏡「SPHEREx」が撮影した画像の約4分の3に、人工衛星が残した不要な光の跡(トレイル)が写り込んでいることが判明しました。
https://spectrum.ieee.org/satellite-light-pollution-spherex-hubble
これまで地上望遠鏡の問題とされてきた「光害」が、ついに宇宙空間の天体観測までをも脅かし始めています。
地上だけではない!宇宙望遠鏡を襲う光の罠
天体観測における「光害(ひかりがい:人工的な光によって夜空が明るくなり、星が見えにくくなる現象)」は、これまで地上の天文台が抱える固有の悩みだと考えられていました。
そのため、人類は地球の大気や人工の光が届かない宇宙空間に望遠鏡を打ち上げてきたのです。
しかし、2025年に打ち上げられたNASAの最新宇宙望遠鏡「SPHEREx(スフェレックス)」は、高度約700キロメートルの地球周回軌道上にいるにもかかわらず、この問題から逃れられませんでした。
米カリフォルニア州にあるNASAアメズ研究センターの研究チームが発表した未査読の論文(プレプリント)によると、2025年5月から9月の間にSPHERExが収集した画像のなんと73.3%に、少なくとも1本以上の人工衛星の光跡が写り込んでいたのです。
1枚の画像あたり平均2.18本の光の筋が確認されており、宇宙に望遠鏡を設置すればクリアな視界が手に入るというこれまでの常識は、完全に覆されてしまいました。
なぜSPHERExだけがこれほど被害を受けるのか
天体望遠鏡にはそれぞれ異なる役割や設計がありますが、SPHERExの持つ独自の「強み」が、今回は皮肉にも仇(あだ)となってしまいました。
SPHERExの主な任務は、宇宙の誕生初期(宇宙再電離期)の光や、星の材料となる宇宙の「氷」を調査するために、全天(夜空のすべて)を「近赤外線(人間の目には見えないが熱を持つ天体などが放つ光)」でマッピングすることです。
この任務を達成するためには、以下の2つの条件が不可欠でした。
- 一度に非常に広い範囲の空を撮影すること
- かすかな光を捉えるために露出時間(カメラのシャッターを開けて光を集める時間)を長くすること
この「広視野」と「長時間露出」の組み合わせこそが、地球の周りを無数に飛び交う人工衛星と遭遇する確率を爆発的に高めてしまった原因です。
どれだけ宇宙が広くても、網を大きく広げてじっと待っていれば、その網を横切る人工衛星を避けることはできません。
独自の防御システムを狂わせる「鉄道の線路」
人工衛星の光が写り込むと、単に「写真に見栄えの悪い線が入る」というレベルでは済まない実害が発生します。
SPHERExには、宇宙空間を飛び交う強力な「宇宙線(宇宙を飛び交う高エネルギーの放射線)」からセンサーを守るための自動防御システムが備わっています。
これは「サンプル・アップ・ザ・ランプ(段階的データ収集)」と呼ばれるアルゴリズムで、特定の画素(ピクセル)に宇宙線による急激なエネルギーの過負荷を検知すると、その画素のデータ収集を一時的に停止して、センサーが飽和(白飛び)するのを防ぐ仕組みです。
しかし、現在の商業用人工衛星はあまりにも明るすぎるため、このシステムが宇宙線だと誤認して作動してしまいます。
その結果、画像には人工衛星の光の中心部がくり抜かれたようになり、その両脇に平行な光の線が残る、まるで「鉄道の線路(レール)」のような奇妙なノイズが刻まれます。
この線の下に隠れてしまった星々の重要な光のデータ(測光データ)は永久に失われ、科学的な価値が台無しになってしまうのです。
ハッブルも被害に!加速度的に悪化する軌道環境
この深刻な問題に直面しているのは、新参者のSPHERExだけではありません。
宇宙望遠鏡の代名詞とも言える「ハッブル宇宙望遠鏡」もまた、時代の波に飲まれています。
2023年に欧州宇宙機関(ESA)の天文学者サンドール・クルック氏らが発表した研究によると、ハッブルが撮影した画像のうち人工衛星が横切った割合は、2000年代初頭の2.8%から、2021年には5.9%へとほぼ倍増しています。
ハッブルはSPHERExほど視野が広くないにもかかわらず、確実に被害が増えている事実は、地球周辺の混雑がいかに激化しているかを物語っています。
衛星開発企業も手をこまねいているわけではありません。
機体を黒く塗装したり、光を遮るバイザー(日よけ)を取り付けたりして反射率を下げる努力を続けています。
しかし、近年の次世代通信衛星は巨大なアンテナを搭載する傾向があり、いくら表面を暗くしても構造自体の大きさから、結果として夜空で最も明るい部類の物体になってしまっているのが現状です。
200万機が飛び交う未来?天文学が迎える終わりの始まり
本当に恐ろしいのは、これがまだ「始まりに過ぎない」ということです。
現在、地球の低軌道(LEO)を周回している人工衛星は約2万機ですが、米連邦通信委員会(FCC)には将来的に最大200万機の衛星を打ち上げるための申請が出されています。
もしこの巨大衛星群(メガコンステレーション)計画が承認され、実際に運用が始まればどうなるのでしょうか。
論文のシミュレーション予測では、恐ろしい未来が弾き出されています。
| 項目 | 現在の状況 (衛星数: 約2万機) | 将来の予測 (衛星数: 最大200万機) |
| SPHEREx画像の汚染率 | 約 73.3% | 100%(すべての画像) |
| 1枚あたりの平均光跡数 | 約 2.18本 | 189本 |
1枚の画像に189本もの「線路」が走れば、そこから宇宙の謎を解き明かすためのデータを抽出することは不可能です。
これはSPHERExだけでなく、地球の低軌道に位置するすべての宇宙望遠鏡にとって「観測プラットフォームとしての死」を意味する壊滅的な数字です。
法規制の空白地帯と迫られる国際協調
この問題に対して、世界中の天文学者や国際天文学連合(IAU)などは何年も前から警鐘を鳴らし続けてきました。
しかし、宇宙開発における国際的な法的ルールは、現在の急速な民間企業の参入スピードに全く追いついていません。
宇宙ビジネスの経済的利益と、人類共通の財産である学術的な夜空の保護をどう両立させるか、法的拘束力のある国際合意はいまだ形成されていないのが実情です。
宇宙の持続可能性(サステナビリティ)は、今やゴミ(スペースデブリ)の問題だけでなく、「光」の観点からも急務となっています。
まとめ
最先端のNASA宇宙望遠鏡「SPHEREx」の画像が人工衛星の光跡によって7割以上も汚染されているという事実は、宇宙開発の輝かしい進歩の裏にある、深刻な影を浮き彫りにしました。
もし今後、数百万機規模の巨大衛星群が夜空を埋め尽くせば、私たちは宇宙から宇宙を観測する手段さえも失いかねません。
私たちは便利で快適な衛星通信ネットワークの恩恵を享受する一方で、遠い宇宙の起源を探る天文学の未来をも守る必要があります。
今こそ、民間企業、政府、そして国際社会が一体となり、実効性のある規制や技術革新に向けた対話を本格化させるべき時ではないでしょうか。