子どもの近視対策といえば、スマートフォンの使用時間や外遊びの時間を思い浮かべる方が多いのではないでしょうか。しかし、見落とされがちな要因として、夜間の「光害(ひかりがい・過剰な人工照明による環境への悪影響)」が新たに注目されています。
米国の眼科医療専門メディア「Eyes on Eyecare」が報じたところによると、香港で約1万9千人の子どもを対象に行われた大規模調査で、自宅周辺の夜間照明の強さと近視リスクとの間に統計的な関連が見つかりました。
海外の研究機関発のこの知見を、具体的な数字とともに読み解いていきます。
香港発、1万9千人を追跡した大規模調査
この研究は「香港児童眼科研究(Hong Kong Children Eye Study)」という、香港で長年続けられている子どもの視力に関する追跡調査のデータを使っています。
研究チームはまず、24,502人の子どもから有効なデータが得られた19,114人(平均年齢7.4歳、男児52.8%)を対象に、現在の近視の有無を調べました。この時点で、すでに27.0%の子どもが近視と診断されていました。
さらに研究チームは、この時点で近視がなかった2,558人の子どもを3年間追跡する前向き調査も行いました。
3年後には、このうち55.1%が新たに近視を発症していたといいます。
半数以上が新たに近視になったという数字は、近視がいかに急速に広がっているかを示しています。
注目すべきは、夜間の光の量の測り方です。
研究チームは保護者への聞き取りではなく、人工衛星が撮影した夜間照明データを使い、それぞれの子どもの自宅から半径500メートル以内の「人工夜間照明(ALAN=Artificial Light at Night)」の強さを客観的に数値化しました。
そのうえで、近業(本や画面を近くで見る作業)、外遊びの時間、両親の近視歴、家庭の収入など、近視に影響しうる他の要因も統計的に調整しています。近視の判定には、点眼薬で目の調節機能を一時的に止めたうえで測定する「調節麻痺下屈折検査」を用い、屈折度数が-0.50ディオプター(D、レンズの屈折力を示す単位)以下を近視と定義しました。
数字で見る「光」と近視リスクの関連
解析の結果、自宅周辺の夜間照明が「四分位範囲(IQR、データを数値順に並べて4等分したときの中央の50%にあたる範囲)」分だけ強くなるごとに、すでに近視である確率が8%高くなるという関連が見られました(オッズ比1.08、95%信頼区間1.02〜1.15)。
オッズ比とは、ある条件のもとで出来事が起こる確率が、条件がない場合と比べて何倍になるかを示す統計指標です。
より目を引くのは、3年間の追跡調査の結果です。夜間照明がIQR分強くなるごとに、新たに近視を発症するリスクが26%高まることがわかりました(ハザード比1.26、95%信頼区間1.16〜1.37)。
ハザード比は、一定期間内に新たに病気などが発生する確率の比率を表す指標です。夜間照明がもっとも強い地域の子どもは、もっとも弱い地域の子どもに比べて、近視を発症するリスクが1.34倍に達していました。
さらに興味深いのは、光とリスクの関係が単純な比例ではなかったという点です。照明が弱い段階ではリスクはあまり変化しませんが、強度がおよそ93.08 nW/cm²/sr(ナノワット/平方センチメートル/ステラジアン、夜間照明の明るさを示す単位)を超えたあたりから、リスクが急激に上昇する「非線形」の関係が確認されました。
これは、ある程度までの照明なら影響が小さくても、一定の明るさを超えると目への負担が無視できなくなる可能性を示しています。また、7.35歳以上の子どもでは、この関連がより強く現れる傾向も報告されています。
なぜ夜の光が目の発達に影響するのか
研究チームは、この関連を説明する直接的な生物学的メカニズムまでは特定していません。
しかし、有力な仮説として挙げられているのが、体内時計のリズムである「概日リズム(サーカディアンリズム)」の乱れです。
人の体は、日中は光を浴びて活動し、夜は暗闇の中で休むというリズムに合わせて、睡眠を促すホルモン「メラトニン」の分泌量を調整しています。夜間に強い光を浴び続けると、このメラトニンの分泌が抑制され、概日リズム全体が乱れることが知られています。
近視の多くは、眼球の奥行きにあたる「眼軸長」が通常より伸びてしまうことで、ピントが網膜の手前で合ってしまい起こります。
動物を使った実験では、概日リズムの信号が眼軸の伸びを調整する働きに関わっている可能性が示されており、研究チームはこの仕組みが人間にも当てはまるなら、慢性的な夜間の光環境が眼軸の伸びすぎ、つまり近視の進行に影響しうると考察しています。
これまで近視の原因としては近業や外遊びの不足が中心的に語られてきましたが、今回の結果は、自宅周辺の「光環境」そのものが見過ごされてきた要因である可能性を示した点で意味を持ちます。
研究の限界と、専門家が示す今後の課題
一方で、研究チーム自身がこの結果の解釈には注意が必要だと強調しています。
第一に、この調査は要因と結果の関連を調べる観察研究であり、夜間の光が近視の直接の原因であると証明するものではありません。生活習慣や住環境など、調査で測定しきれなかった別の要因が影響している可能性も残ります。
第二に、衛星データは住宅周辺の屋外照明の強さを示すものであり、実際に子どもが寝室で浴びている光の量とは異なります。カーテンや雨戸の有無、寝室の向き、就寝前のスマートフォンやテレビの使用時間といった、屋内環境の個人差までは反映されていません。
第三に、調査対象は香港という人口密度の高い都市部の中国系の子どもが中心であり、結果がそのまま農村部や他の国・地域にも当てはまるとは限りません。
こうした限界を踏まえ、研究チームは「この結果によって、現在の近視治療・予防の臨床的な実践を変える必要はない」と明言しています。外で過ごす時間を増やすことや、すでに効果が確認されている近視進行の抑制策を続けることが、引き続き最も根拠のある対策だとしています。
そのうえで、今後は個人が実際に浴びている光を客観的に測定する機器を使った調査や、仕組みを解明するための実験的な研究が必要だと述べています。
光害問題の広がりと、都市の照明政策への示唆
今回の調査結果は、光害が星空観察や生態系だけの問題ではないことを改めて示したものといえます。
近年の研究では、夜間の光が心臓血管系の健康や睡眠の質に影響する可能性も指摘されており、人工照明と人の健康の関わりを示す報告が相次いで発表されています。
都市化とLED照明の普及により、世界の夜空の明るさは年々増しているとされ、複数の研究で年平均10%前後の明るさの増加が報告されています。
防犯や交通安全のために夜間照明は欠かせない一方で、今回のような健康面への影響が積み重なれば、「どの程度の明るさが必要で、どこから過剰なのか」という線引きが、都市計画や街路灯の設計においてますます重要な論点になっていくと考えられます。
まとめ
香港の約1万9千人を対象にした今回の調査は、自宅周辺の夜間照明が強い子どもほど、近視になるリスクが最大で26%高まる可能性を示しました。
概日リズムやメラトニンの乱れが関係していると考えられますが、観察研究である以上、光害が近視の直接の原因と確定したわけではありません。
研究チームも、外遊びの時間を増やすなど、これまでの対策を続ける重要性を強調しています。
それでも、光害が星空や生態系だけでなく子どもの視力にも関わりうるという視点は新鮮です。今後、個人の光環境を測る技術が進めば、住まいや街づくりの照明にも新たな基準が加わるかもしれません。