アメリカ東部のメイン州で、2026年9月30日に「責任ある屋外照明法(Responsible Outdoor Lighting Act)」が施行されました。米公共ラジオ局「Maine Public」や地元紙「Bangor Daily News」などの報道によると、これは州全体を対象にした光害(light pollution、人工光による夜空や生態系への悪影響)規制としては全米で初めての事例です。
星空観察が趣味の人だけでなく、睡眠や心臓の健康、野生動物の生態にも関わる問題として、海外では今、光害への関心が急速に高まっています。
メイン州の新法、何が変わるのか
この法律は正式名称を「LD 1934」と呼ばれ、オロノ選出の下院議員ローリー・オッシャー氏が提案しました。ジャネット・ミルズ知事は署名を保留したまま法律として成立させています。
対象となるのは、州や自治体などの公的資金で設置・交換される屋外照明です。街灯や学校、役場の照明などが該当し、個人の住宅にある照明は直接の規制対象にはなりません。
それでも支援者たちは、公共照明の基準が民間の照明設計にも指針として波及することを期待しています。
対象を公共照明に絞ったのは、民間への規制強化には政治的な抵抗が大きく、合意形成に時間がかかるためとみられます。まずは行政が自ら手本を示し、基準として定着させてから民間へ広げるという段階的な戦略は、他州が同様の法律を検討する際の現実的なモデルケースになりそうです。
具体的な数値規制の中身
法律の中身を見ると、単なる理念法ではなく、かなり技術的で具体的な数値基準が設けられているのが特徴です。主なポイントは次の通りです。
- 新設・交換する照明の明るさは、米照明学会(IES)が推奨する基準の125%以内に抑える
- 色温度(光の色合いを示す指標で、数値が高いほど青白い光になる)は3000ケルビン以下に制限する
- 1000ルーメンを超える器具は完全遮光型とし、真下方向から80度を超える角度には光束の5%以下しか出してはならない
- 国や州が指定する原生自然地域・保護区の境界では、照明による光の侵入を0.1ルクス以下に抑える
- 競技場などのスポーツ照明は別基準で、色温度の上限は5700ケルビンとやや緩和される
さらに、装飾用や外壁照明など必須ではない照明は、夜間は消灯することが求められています。遮光型の照明にすれば、空に漏れる光を減らしながら必要な場所をしっかり照らせるため、省エネと防犯性の両立にもつながるという考え方です。
注目したいのは、これらの基準が特殊な新技術を必要とするものではなく、すでに市場に出回っている完全遮光型の照明器具や暖色系LEDを選ぶだけで対応できる点です。
つまりこの法律は、技術の有無ではなく「選び方」の問題として光害を捉え直しており、導入コストの面でも他の自治体が追随しやすい設計になっています。
なぜ今、光害が世界的な問題になっているのか
メイン州の動きは、光害が世界的に悪化しているという研究結果を背景にしています。
2023年に学術誌「サイエンス」に発表された研究では、2011年から2022年にかけて、市民が肉眼で観測した夜空の明るさが、世界平均で年9.6%のペースで増加していたことが示されました。この速度が続くと、わずか約8年で夜空の明るさが2倍になる計算です。
注目すべきは、この増加率が人工衛星による計測値(年2%程度)よりもかなり大きかったことです。
研究を主導したクリストファー・キーバ氏らは、普及が進むLED照明が発する光の特性を、現在主流の衛星センサーが十分に捉えられていない可能性を指摘しています。地上から見た実際の夜空は、衛星データが示すよりも速いペースで明るくなっているというわけです。北米地域に限ると、増加率はさらに高く、年10.4%に達していました。
光害はもはや「星が見えにくくなる」という趣味の問題ではなく、政策が追いついていない環境課題として扱われるようになっています。
研究チームは、既存の照明規制が大陸・地球規模での悪化を止められていないと結論づけており、メイン州のような具体的な数値基準を伴う法律は、その反省を踏まえた一つの答えとも言えます。
衛星観測と地上観測のずれは、政策を立てる上でも重要な意味を持ちます。
これまで多くの国や自治体は、衛星データを根拠に光害の進行は緩やかだと判断してきました。しかし実際の悪化速度がそれよりずっと速いのであれば、対策の優先度そのものを見直す必要があることになります。メイン州の法律が、衛星データだけに頼らず具体的な数値基準を定めた点は、こうした観測のギャップを踏まえた動きとも解釈できます。
健康と生態系への影響も明らかに
光害への関心が高まっているもう一つの理由は、健康への影響を示す研究が相次いでいることです。2025年11月に米国心臓協会の学術集会で報告された予備的な研究では、米マサチューセッツ総合病院で脳と血管のスキャンを受けた466人(平均年齢55歳)の自宅周辺の夜間照度を人工衛星データから推定し、健康状態との関連を調べました。
その結果、夜間の人工光への露出が多い人ほど、脳のストレス反応や血管の炎症反応が強く、追跡期間中に心臓病を発症するリスクが5年以内で35%、10年以内で22%高くなる関連が見られたといいます。
研究を率いたシャディ・アボハシェム氏は「夜間の光がわずかに増えるだけでも、脳と血管へのストレス指標の上昇と関連していた」と説明しています。
ただしこの研究はまだ査読前の予備的な発表であり、因果関係が証明されたわけではない点には注意が必要です。
生態系への影響も無視できません。夜間照明は渡り鳥の経路を乱したり、昆虫の行動や繁殖サイクルを狂わせたりすることが知られています。
メイン・オーデュボン協会のフランシスカ・グンドラム氏は、暗い夜空も土地や水と同じく守るべき自然資源だと述べ、適切な照明への切り替えは省エネや経費削減にもつながると指摘しています。
非営利団体「Dark Sky Maine」のナンシー・ハサウェイ会長も、暗い夜空は州の魅力の一部だとして、新法を歓迎する声明を出しています。
日本の光害対策とダークスカイ認定の動き
日本でも光害対策は進んでいます。環境省は2020年代に光害対策ガイドラインを公表し、自治体や事業者に屋外照明の適正化を促しています。また岡山県井原市は、星空観察の名所「美星町」を抱えることから光害防止条例を制定した先駆的な自治体として知られています。
国際的な認定の動きも広がっています。沖縄県の西表石垣国立公園は、国際的な非営利団体「DarkSky International」から星空の美しさが認められ、日本初の「ダークスカイパーク」に認定されました。
同団体は2025年、南アフリカのラパララ・ウィルダネス自然保護区を認定し、認定地の総数が世界で250か所に達したと発表しています。メイン州の法律とこうした認定制度は、規制と啓発という異なるアプローチながら、同じ目標に向かう取り組みと言えます。
まとめ
メイン州の新法は、色温度やルーメン数、照度といった具体的な数値で光害を規制する、全米でも先進的な試みです。
背景には、夜空の明るさが年9.6%という速さで増し続けているという研究結果や、心臓の健康リスクとの関連を示す新たな知見があります。光害対策は星空を楽しむためだけでなく、健康や生態系を守るための現実的な課題になりつつあります。
日本の井原市条例や西表石垣国立公園の認定とも共通する発想であり、今後は公共照明だけでなく、企業や個人の照明選びにも同様の視点が広がっていくかもしれません。