夜空を見上げても、星がほとんど見えない――そんな経験はありませんか?最新の研究によると、私たちの夜空を覆う人工の光は、街灯だけでなく自宅や商業施設からも絶えず放たれています。
2025年7月、『The Conversation』の記事「Street lamps aren’t the only form of artificial light pollution」によって、ドイツとアイルランドの調査から明らかになったのは、「家庭や商業施設の照明」が夜空を白く染めているという驚くべき事実でした。
本記事では、この研究をもとに、光害の新たな実像と夜を取り戻すための具体的な方法を探ります。
光害の想像を超える主犯
多くの人が「光害(light pollution)」と聞くと、まず思い浮かべるのは街灯や道路照明ではないでしょうか。
しかし、最新の研究が示したのは驚くべき結果でした。
ドイツで行われた市民参加型調査によると、街灯が夜間の明るさに占める割合は全体のわずか10〜13%に過ぎないのです。
対して最も多かったのは住宅の窓明かり(約48%)、続いて商業施設の光(7.4%)や建物外壁の投光ライト(7.3%)でした。
つまり、光害の「主犯格」は私たちの身近な家庭や店舗。
しかも、これらの光の多くが上方向へ無防備に放たれ、空を覆う“スカイグロー”(skyglow)と呼ばれる現象を引き起こしています。調査を主導したドイツ・ルール大学ボーフム校のクリストファー・カイバ博士は、「住宅や商業地からの光漏れを抑えない限り、星空は戻らない」と指摘しています。
LED時代の落とし穴
LED照明(発光ダイオード)は省エネで長寿命というメリットから、世界中で急速に普及しています。
しかし、この記事の著者であるジョージア・マクミラン氏(アイルランド・ゴールウェイ大学博士課程)は、「LEDは光害を加速させている」と警鐘を鳴らします。
その理由は、LEDが発する青白い光(波長の短いブルーライト)です。青い光は大気中で散乱しやすく、夜空全体を明るくしてしまいます。その結果、星が見えにくくなるだけでなく、人間の睡眠リズム(サーカディアンリズム)を乱し、不眠や体調不良を招くことも報告されています。
また、LEDは「安価で明るい」という利点が、逆に“過剰な照明”を助長。玄関、庭、駐車場、倉庫などを必要以上にライトアップしてしまうケースが増えています。
「光があれば安心」という心理的要因が、夜の暗闇を不当に追いやっているのです。
生態系への深刻な影響
光害は人間の睡眠だけではなく、生態系にも深刻な影響を与えます。
夜行性の昆虫や鳥類、コウモリなどは、夜の暗闇に適応して進化してきました。しかし、人工照明がその環境を奪っています。
記事によると、1つの屋外ランプが毎晩数百匹の虫を引き寄せることがわかっています。そのうちの約30%が夜明けまでに疲労や捕食で命を落とすという「真空掃除機効果(vacuum cleaner effect)」が観察されています。
これは、受粉を担う夜行性昆虫の減少にもつながり、農業や生態系全体への連鎖的影響が懸念されています。
特にLED照明は波長が虫の視覚に強く作用するため、通常の電球に比べて昆虫の誘引効果が高いといわれています。
つまり、人間の「便利な明るさ」は、他の生物にとって“死の灯り”になっているのです。
地域とSNSで広がる「暗い夜」の価値
アイルランドのメイヨー州では、「County Mayo Dark Sky Park(メイヨー・ダークスカイ・パーク)」が設立され、自然の暗さを守る活動が進んでいます。地元の町ニュー ポートでは、街全体の光害を50%削減することに成功。
過剰照明だった建造物ライトアップを改修し、むしろ夜景の美しさを引き出すデザイン照明に転換しました。
これは「安全を保ちながら光を減らす」モデルケースとして注目されています。
SNS上ではこの動きが共感を呼び、#DarkSky や #DiscoverTheNight といったハッシュタグが拡散。
「星が戻った」「夜が静かになった」という住民の投稿が話題を呼び、多くの地域で模倣プロジェクトが始まっています。
光害問題は「科学」だけでなく、「地域文化の再発見」へと発展しつつあるのです。
私たちにできる光害対策
光害は、実は私たち一人ひとりが簡単に防げる「最も解決しやすい公害」でもあります。
記事では次のような具体的な方法が提案されています:
- 照明を下向きに設置する(空を照らさない)
- 遮光カバー付きランプを使用
- 人感センサーやタイマーを設置し、必要な時だけ点灯
- 暖色系(アンバー)の光を選ぶことで生物や人への影響を軽減
- カーテンやブラインドを閉めることで家庭の光漏れを防止
フランスではすでに、夜間の広告照明や無人オフィスのライトを自動的に消すことを義務化する法制度が導入されています。
環境政策として「光を減らす」ことが、次の持続可能な都市設計のテーマとなっているのです。
星空が人間に与える心理的効果
心理学の研究では、暗い夜空と星の観察が自己認識の拡大(self-transcendence)を促す効果があることが示されています。
つまり、星を眺める体験は、人間の孤立感を和らげ、自然との一体感を高めると言われています。
この記事でも紹介されているように、ビンセント・ヴァン・ゴッホの名画「星月夜(Starry Night)」や、ドン・マクリーンの楽曲「Vincent」は、暗い夜空の静けさと感動から生まれた芸術でした。
星空を取り戻すことは、人間性そのものを取り戻すことでもあるのです。
まとめ
最新の科学が示すように、光害は街灯だけの問題ではありません。
日常の何気ない灯りが空や生態系へ大きな影響を与えています。家の外灯をひとつ減らすだけでも、星空は少しずつ戻ってきます。
暗い夜空は失われたままではありません。
地域と個人の小さな行動が重なれば、私たちは再び“星の夜”を取り戻すことができるのです。