Image Credit: NPS / G. Owens
米研究者算出、光害による国立公園の価値損失は最大約99億円相当
満天の星を見るために、はるばる国立公園まで旅する人は少なくありません。しかしその貴重な体験が、都市部から漏れる人工の光によって静かに損なわれているとしたらどうでしょうか。
米ユタ州立大学の研究チームが、光害(こうがい、人工照明が夜空を必要以上に明るくしてしまう環境問題)によって米国の代表的な星空観光地が失っている経済的価値を初めて金額で算出しました。本記事は、米宇宙メディアSpace.comの報道をもとに、その驚くべき調査結果と意味をご紹介します。
星空の”経済的価値”を初めて数値化した研究
今回の研究を主導したのは、ユタ州立大学(Utah State University)の野外レクリエーション・観光研究所所長を務めるジョーダン・スミス(Jordan Smith)氏です。研究チームは、米国内の代表的な「ダークスカイ(星空保護区)」を対象に、約4か月間にわたって光害が来訪者の満足度に与える影響を調査しました。
その成果は、米国天文学会(American Astronomical Society)の第248回大会でカリフォルニア州にて発表されています。従来、光害の議論は主に天文観測や生態系への影響という文脈で語られてきましたが、今回の研究はそこに「経済学」という新たな視点を持ち込んだ点で注目されています。環境問題を科学的な数値だけでなく、人々の財布に関わる話として提示したことが、政策担当者や一般市民の関心を集めやすくしていると言えるでしょう。
損失額は最大2500万〜6600万ドル
研究チームの試算によれば、光害によって失われた星空観光地の価値は、4か月間で約2500万ドルから最大6600万ドル(1ドル150円換算で、約37億円から99億円)にのぼるとされています。ただし、この金額は公園の入場料収入などが実際に減少した「損失」を意味するわけではありません。
経済学で「厚生損失(welfare loss)」と呼ばれる考え方に基づくもので、夜空の暗さという環境の質が低下したことで、来訪者が感じる満足度や体験価値がどれだけ目減りしたかを金銭に換算した数値です。つまり、直接的な売上への打撃ではなく、「本来得られたはずの体験価値が奪われている」ことを可視化した研究だと言えます。この考え方は、きれいな空気や静かな環境など、値札のつかない自然の恵みの価値を測るためにも使われてきた手法で、環境経済学の分野では一定の実績があります。
なぜ”星空”にお金の価値があるのか
こうした体験を求めて、世界中から観光客が人里離れた保護区を訪れています。
- 天の川が頭上に弧を描く様子の撮影
- 夜行性野生動物の自然な生態観察
- 人工の光に妨げられない満天の星空体験
近年は「アストロツーリズム(星空観光)」と呼ばれる旅行需要が急成長しており、真っ暗な夜空そのものが立派な観光資源になっているのです。米国ではデスバレー国立公園やビッグベンド国立公園など、光害の少なさで知られる公園が国際的なダークスカイ認定を受け、天体観測目的の来訪者を集めています。今回の研究は、こうした「暗さ」という一見数値化しにくい価値に、具体的な経済的裏付けを与えた点に意義があります。観光地にとって夜空の暗さを守ることは、単なる環境保護ではなく、地域経済を支える資産を守ることでもあるのです。
政策への意味:光害を”経済コスト”として可視化する
この研究が持つ最大の意義は、光害という問題を「感覚的な環境問題」から「具体的な経済コスト」へと転換した点にあります。研究チームは、こうした金額を示すことで、政策立案者が人工照明による開発の便益と、星空という環境資産の毀損によるコストを、同じ土俵で比較検討できるようになると指摘しています。
これまで街灯やデータセンター、商業施設の照明整備といった開発計画は、多くの場合、光害の経済的影響を考慮せずに進められてきました。実際、米国では近年、AI関連の巨大データセンターが夜間も煌々と稼働し、周辺住民から騒音とあわせて光害への懸念の声が上がる事例も報告されています。今後はこうした開発が近隣のダークスカイ観光地にどれほどの経済的損失をもたらすかを事前に見積もった上で、意思決定を行う必要が出てくるかもしれません。
日本の観光地にも共通する課題
この課題は米国だけの話ではありません。日本国内にも、長野県阿智村のように「日本一の星空」を観光資源として打ち出している地域や、国際ダークスカイ認定を受けた沖縄県の西表石垣国立公園など、星空の暗さを強みとする観光地が数多く存在します。
人口減少に悩む地方にとって、夜空の暗さは他の地域にはまねのできない貴重な観光資源です。周辺地域の開発や照明整備を検討する際には、今回の研究のように、光害がもたらす経済的な影響も判断材料の一つに加える視点が、今後ますます重要になっていくのではないでしょうか。
世界に広がる”アストロツーリズム”という市場
星空を目当てにした観光は、米国の国立公園だけでなく世界各地に広がっています。例えばニュージーランドのアオラキ・マッケンジー・ダークスカイ・リザーブは、世界最大級の星空保護区として知られ、天体観測を目的とした観光客を国内外から集めています。
星空観光市場は今後も拡大が見込まれており、暗い夜空を維持すること自体が、地域にとって長期的な経済的価値を持つ資産になりつつあると言えるでしょう。国際ダークスカイ・プレイスの認定数は世界で200か所を超えており、今後も認定を目指す地域は増えていくとみられます。
まとめ
ユタ州立大学の研究が示したのは、光害が単なる環境問題にとどまらず、地域経済に直結する具体的なコストであるという事実です。星空という「暗さ」の価値を金額で示すことで、開発と保護のバランスを考えるための新しい判断材料が生まれました。
私たちが夜空をどう扱うかという選択は、環境だけでなく、観光地の未来をも左右しているのかもしれません。星空の価値を守ることは、地域の未来への投資でもあるのです。
出典: Space.com「Light pollution may be erasing millions of dollars in value at US dark-sky parks」(https://www.space.com/astronomy/earth/light-pollution-may-be-erasing-millions-of-dollars-in-value-at-us-dark-sky-parks) をもとに作成。