
私たちの宇宙への窓口であるチリのアタカマ砂漠。その澄み切った夜空が、今、かつてない脅威にさらされています。
天文学者たちが長年にわたり宇宙の神秘を解き明かしてきたこの地で、光害という新たな敵が静かに、しかし確実に忍び寄っているのです。
今回はThe World Photography Organisationのサイトに掲載された記事を元にアタカマ砂漠の現状についてご紹介します。
アタカマ砂漠 – 天文学の楽園
アタカマ砂漠は、その驚異的な観測条件で世界中の天文学者を魅了してきました。
年間300日以上の晴天日、高度2,600メートルを超える乾燥した大気、そして人工的な光がほとんどない環境。
これらの条件が、アタカマを世界最高の天文観測地の一つに押し上げたのです12。
ここには、欧州南天天文台(ESO)が運営するパラナル天文台をはじめ、世界最先端の望遠鏡が集結しています。
超大型望遠鏡(VLT)や建設中の超巨大望遠鏡(ELT)など、天文学の未来を担う施設が軒を連ねています。
これらの施設は、宇宙の謎に挑戦し続けています。
例えば、系外惑星の初撮影や、宇宙膨張の加速の確認など、天文学の歴史に残る大発見の数々がここで生まれました。
忍び寄る光害の脅威
しかし、この天文学の楽園に暗雲が立ち込めています。
都市化や産業開発に伴う光害が、アタカマの澄んだ夜空を徐々に侵食しているのです。
特に懸念されているのが、AESエナジー社が計画している大規模な再生可能エネルギープロジェクト「INNA」です。
このプロジェクトは、パラナル天文台からわずか数キロメートルの場所に、太陽光発電所や風力発電所、水素製造施設などを建設しようとしています。
ESO の試算によると、この施設から発生する光害により、夜空の明るさが最大10%も増加する可能性があるといいます。
これは、「世界最高の観測地」と「平均的な観測地」の差を生み出すのに十分な明るさなのです。
光害がもたらす影響
光害の影響は単に夜空が明るくなるだけではありません。
天文観測に深刻な支障をきたす可能性があるのです。
- 観測精度の低下:微かな天体からの光が、人工光に埋もれてしまう恐れがあります。
- 観測時間の短縮:夜空が明るくなることで、有効な観測時間が減少します。
- 長期的な研究への影響:50年、100年単位で運用される望遠鏡の将来的な価値が損なわれる可能性があります。
- 生態系への影響:夜行性動物の行動パターンが乱れるなど、周辺の生態系にも悪影響を及ぼす可能性があります。
光害対策の取り組み
この危機に対し、天文学界は様々な対策を講じています。
- 法規制の整備:チリ政府は、天文学保護のための新たな照明規制を導入しました。
- 産業界との対話:ESO は AES エナジー社と交渉を続け、プロジェクトの影響軽減を求めています。
- 国際的な連携:ALMA 望遠鏡をはじめとする他の天文台も、ESO の取り組みを支持しています。
- 継続的なモニタリング:チリの夜空の明るさを定期的に測定し、変化を追跡しています。
天文学と産業発展の両立を目指して
アタカマの事例は、科学と産業のバランスをどう取るかという普遍的な課題を浮き彫りにしています。
再生可能エネルギーの推進は地球環境保護の観点から重要ですが、同時に、人類の知的探求の場である天文台も守らなければなりません。
この難題に対する解決策として、以下のようなアプローチが考えられます
- ゾーニング:天文台周辺に光害防止区域を設定する。
- 技術革新:より指向性の高い照明技術の開発と導入。
- 協働:天文学者と産業界が共同で影響評価と対策立案を行う。
- 教育・啓発:光害の影響について一般市民の理解を深める。
星空を守る、未来を守る
アタカマの光害問題は、単に一地域の課題ではありません。
それは、人類の知的好奇心と経済発展のバランスを問う、グローバルな課題なのです。
私たちは、技術の進歩と自然の神秘の両方を大切にする道を見出さなければなりません。
それは、未来の世代にも、満天の星空の下で宇宙の謎に思いを馳せる機会を残すことにつながるのです。
アタカマの星空を守る闘いは、まさに人類の未来を守る闘いなのかもしれません。