美しい海岸線で知られるノースカロライナ州。

その海辺の町々で、野生動物に配慮した新しい照明への移行が進んでいます。

特に注目を集めているのが、ノースカロライナ水族館が主導する「野生生物に優しい照明」への転換プロジェクトです。

このプロジェクトは、光害が海洋生物、特にウミガメに与える悪影響を軽減することを目的としています。

今回は、この革新的な取り組みの詳細と、その意義について深掘りしていきましょう。

光害問題の深刻さ

光害とは?

光害とは、過剰な人工光による環境への悪影響のことを指します。

都市化が進む現代社会において、夜間の過度な照明は、人間の生活の利便性を高める一方で、生態系に深刻な影響を与えています。

海洋生物への影響

光害は、特に海洋生物に大きな影響を及ぼします。例えば:

  1. ウミガメの産卵行動の阻害
  2. 孵化したウミガメの子供(ハッチリング)の海への移動の妨害
  3. 夜行性の海洋生物の生態リズムの乱れ
  4. 光に誘引される昆虫類の減少による食物連鎖への影響

これらの問題は、長期的には海洋生態系全体のバランスを崩す可能性があります。

ノースカロライナ水族館の先駆的な取り組み

プロジェクトの概要

ノースカロライナ水族館は、2021年に策定された保全行動計画に基づき、野生生物に優しい照明の導入を優先事項としました。その一環として、ナグスヘッドにあるジェネッツ桟橋で、新しい遮光性の高い琥珀色の照明への転換を実施しています。

導入された新しい照明の特徴

  1. 琥珀色の光:この特定の色温度は、昆虫、コウモリ、鳥類、そして特に海岸沿いで重要なウミガメにとって、従来の照明よりも混乱を引き起こしにくいとされています。
  2. 遮光性の高い器具:光の拡散を抑え、必要な場所にのみ光を当てる設計になっています。
  3. 人間の夜間視力への配慮:この照明は人間の目の疲労も軽減し、夜間の視力をより良く保つことができます。

プロジェクトの規模

ジェネッツ桟橋では、約200基の新しい照明器具が導入されました。

これには、低い位置に取り付けられた通路灯、壁面取り付け型のスコンス、天井埋め込み型のダウンライト、ボラードおよび街路灯が含まれます。

プロジェクトは2つのフェーズに分かれており、第1フェーズでは上記の照明の設置が行われ、第2フェーズでは29基の高い駐車場用照明の交換が予定されています。

野生生物に優しい照明の重要性

ウミガメの保護における意義

ウミガメは、約1億5000万年前から地球上に存在する古代の生物です。

しかし、現在ではその多くの種が絶滅の危機に瀕しています。

ノースカロライナ水族館のパインノールショアーズ館の水族飼育員、ミシェル・ランピング氏によると、北米大西洋に生息する5種のウミガメのうち、3種(ケンプウミガメ、アトランティックホークスビルウミガメ、オサガメ)が絶滅危惧種、2種(アカウミガメ、アオウミガメ)が準絶滅危惧種に指定されています。

野生生物に優しい照明は、これらのウミガメの保護に大きく貢献します。具体的には:

  1. 産卵場所の確保:光害のない暗い砂浜は、ウミガメの母親が安心して産卵できる環境を提供します。
  2. ハッチリングの海への移動をサポート:孵化したウミガメの子供たちは、月や星の光を頼りに海へ向かいます。人工光が少ない環境では、この自然な行動がスムーズに行われます。
  3. 捕食者からの保護:ハッチリングが迷走することなく素早く海に到達できれば、陸上の捕食者による被害も減少します。

生態系全体への影響

ウミガメ以外の生物にとっても、この取り組みは重要な意味を持ちます:

  1. 夜行性動物の活動支援:多くの海岸生物は夜行性です。適切な暗さが保たれることで、これらの生物の自然な行動パターンが維持されます。
  2. 昆虫への影響軽減:従来の照明に比べ、琥珀色の光は昆虫を引き寄せにくいため、生態系のバランスを保つのに役立ちます。
  3. 鳥類の渡り:多くの鳥が夜間に渡りを行います。過度な人工光は彼らの航路を混乱させる可能性がありますが、この新しい照明はその risk を軽減します。

プロジェクトの課題と今後の展望

資金調達の課題

このプロジェクトの実現には、ノースカロライナ水族館協会からの相当額の無制限支援資金が使用されました。

しかし、第2フェーズの実施には追加の資金が必要とされており、これは今後の課題となっています。

技術的な課題

野生生物に優しい照明の設計と実装には、特殊な知識と技術が必要です。

プロジェクトリーダーのキャロル・プライス博士とミシェル・ランピング氏は、フロリダ州のSESCO Lightingの専門家、クリスティ・スポーン氏の協力を得て計画を立案しました。

しかし、ノースカロライナ州内にはこの分野の専門家が不足しており、今後の普及に向けては地元の人材育成が課題となるでしょう。

他地域への波及効果

このプロジェクトは、他の海岸地域にも影響を与えつつあります。

例えば:

  • ナグスヘッド町では、すでにいくつかの横断歩道でLED照明を導入し、ビーチアクセスポイントにウミガメに優しい照明を設置しています。
  • オークアイランド桟橋など、他の海洋桟橋でも野生生物に優しい照明の使用が始まっています。

しかし、ノースカロライナ州には330マイル(約531キロメートル)もの砂浜海岸線があり、州全体での取り組みには時間がかかると予想されます。

光害対策の重要性と私たちにできること

この取り組みは、単なる照明の変更以上の意味を持っています。

それは、人間の便利さと自然環境の保護のバランスを取るという、現代社会が直面する大きな課題に対する一つの解答と言えるでしょう。

私たちは、技術の進歩によって得られる便利さを追求すると同時に、その影響を常に考慮する必要があります。

ノースカロライナ水族館の取り組みは、そのような配慮の良い例です。

一般市民である私たちにも、できることはあります:

  1. 自宅の外灯を野生生物に優しいものに変更する
  2. 不必要な夜間照明を控える
  3. カーテンやブラインドを使って室内の光が外に漏れるのを防ぐ
  4. 地域の光害対策の取り組みに関心を持ち、支援する

これらの小さな行動が、大きな変化につながる可能性があります。

補足情報:光害対策の世界的な動き

光害対策は、実はグローバルな課題として認識されつつあります。

国際ダークスカイ協会(International Dark-Sky Association)という組織が、世界中で光害の問題に取り組んでいます。

彼らの活動には以下のようなものがあります:

  1. ダークスカイ保護区の認定:過度の人工光がない地域を認定し、保護する活動
  2. 照明設計ガイドラインの提供:適切な屋外照明の設計方法を提案
  3. 啓発活動:光害の問題について一般市民に知ってもらうための教育活動

日本でも、環境省が「光害対策ガイドライン」を策定するなど、徐々に取り組みが進んでいます。

まとめ

ノースカロライナ水族館の野生生物に優しい照明プロジェクトは、人間の活動と自然環境の共存を目指す重要な取り組みです。

このプロジェクトは、ウミガメをはじめとする海洋生物の保護に大きく貢献すると期待されています。

しかし、これはあくまでも始まりに過ぎません。

真の変化を生み出すためには、政府、企業、そして私たち一人一人が、光害問題に対する意識を高め、行動を起こすことが必要です。

夜空の星々を取り戻し、海の生き物たちの命を守る。

そんな未来に向けて、私たちにできることから始めてみませんか?