都市の明かりは私たちの生活に欠かせないものですが、同時に光害という問題を引き起こしています。

オーストラリアの首都キャンベラで行われた画期的なプロジェクトが、この問題に新たな解決策を示しました。

街灯の明るさを調整することで、夜空の星々をよりクリアに見えるようにする試みです。

この取り組みは、環境保護と都市機能の両立という、現代社会が直面するジレンマにどう対処すべきかを考えさせてくれます。

https://www.abc.net.au/news/2024-08-22/canberra-adaptive-lighting-project-reduces-pollution/104252082

光害とは何か

光害とは、人工的な光による環境への悪影響のことを指します。

具体的には、過剰な明るさや不適切な照明が引き起こす問題で、夜空の星が見えにくくなる、野生動物の生態系が乱される、人間の健康に悪影響を及ぼすなどの影響があります。

都市化が進む現代社会において、光害は深刻な環境問題の一つとなっています。

しかし、安全性や利便性の観点から、夜間の照明を完全になくすことは現実的ではありません。

そこで注目されているのが、必要最小限の明るさを保ちつつ、光害を軽減する「アダプティブライティング」という技術です。

キャンベラの街灯調光プロジェクト:革新的な取り組みの詳細

プロジェクトの概要

キャンベラで実施されたこのプロジェクトは、約3万個の「スマート」街灯を使用し、夜間の人通りが少ない時間帯に明るさを調整するというものです。

具体的には、午後11時から午前5時までの間、15分ごとに10%ずつ明るさを落とし、最終的には通常の半分の明るさまで調光しました。

この取り組みの背景には、元都市計画者であるダニー・ベッタイ氏の「本当に必要な明るさとは何か」という問いかけがありました。

ベッタイ氏は、200年以上前から続く街灯のあり方に疑問を投げかけ、現代のニーズに合わせた新しいアプローチを提案したのです。

プロジェクトの成果

このプロジェクトの結果、光害が25%も削減されたことが明らかになりました。

マウント・ストロムロ天文台の天文学者ブラッド・タッカー博士によると、街灯の明るさを10%落とすごとに、空の明るさが約5%減少したそうです。

つまり、街灯の明るさを半分に落とすことで、夜空の明るさが4分の1も減少したということになります。

これにより、より多くの星が見えるようになり、天の川の細部まではっきりと観察できるようになりました。

環境への影響

光害の削減だけでなく、このプロジェクトには別の環境的メリットもありました。

街灯の明るさを落とすことで、炭素排出量を1,085トン削減できたのです。

これは、地球温暖化対策の観点からも非常に意義深い成果と言えるでしょう。

技術的な側面

キャンベラの約83,000個ある街灯のうち、30,000個以上がLED電球と「スマートノード」と呼ばれる遠隔制御装置を備えています。

これにより、ノートパソコン1台から街灯の明るさをコントロールすることが可能になりました。

この技術は、他の都市にも応用可能です。

実際に、ニュージーランドのオークランドやクライストチャーチでも、同様のプロジェクトの導入が検討されています。

アダプティブライティングがもたらす可能性

都市計画の新たな視点

このプロジェクトは、都市計画に新たな視点をもたらしました。

従来の「明るければ明るいほど良い」という考え方から、「必要な時に必要な明るさを提供する」という柔軟なアプローチへの転換を促しています。

これは、エネルギー効率の向上だけでなく、都市の景観や居住環境の質的向上にもつながる可能性があります。

夜間の過剰な明るさを抑えることで、より落ち着いた雰囲気の街並みを創出できるかもしれません。

生態系への配慮

光害の削減は、都市部に生息する動物たちにとっても朗報です。

夜行性の動物たちは、人工的な明かりによって生態リズムを乱されることがあります。

アダプティブライティングの導入により、これらの動物たちの生息環境を改善できる可能性があります。

天文学への貢献

光害の削減は、プロの天文学者だけでなく、アマチュア天文家にとっても大きな意味を持ちます。

都市部でも星空観察がしやすくなれば、より多くの人々が宇宙への興味を持つきっかけになるかもしれません。

これは単なる趣味の問題ではありません。

人類の宇宙観や自然観に大きな影響を与える可能性があるのです。

技術革新の促進

アダプティブライティングの実用化は、照明技術のさらなる進化を促す可能性があります。

より効率的で柔軟な照明システムの開発が進めば、他の分野にも応用できる技術が生まれるかもしれません。

例えば、人の動きや天候に応じて自動的に明るさを調整するAI制御の照明システムなど、新たな技術の登場が期待できます。

プロジェクトの課題と今後の展望

安全性の確保

街灯の明るさを落とすことで、犯罪や交通事故のリスクが高まるのではないかという懸念があります。

しかし、ベッタイ氏によると、人間の目は明るさの変化を感知しにくく、70%の明るさと100%の明るさの区別がつかないほどだそうです。

とはいえ、安全性の確保は最重要課題です。

今後は、明るさの変化が人々の行動や事故率にどのような影響を与えるのか、詳細な調査が必要でしょう。

都市の規模や特性への対応

キャンベラでの成功を他の都市に応用する際には、それぞれの都市の特性を考慮する必要があります。

例えば、夜の経済活動が活発な大都市では、キャンベラとは異なるアプローチが求められるかもしれません。

各都市の地理的特性、気候条件、文化的背景なども考慮に入れ、最適な調光プランを策定することが重要です。

技術の普及と標準化

アダプティブライティングの技術を広く普及させるためには、設備の導入コストを下げる必要があります。

また、異なるメーカーの製品間で互換性を確保するための標準化も課題となるでしょう。

市民の理解と協力

このようなプロジェクトを成功させるには、市民の理解と協力が不可欠です。

光害問題の重要性や、アダプティブライティングのメリットについて、広く啓発活動を行う必要があります。

同時に、市民からのフィードバックを積極的に取り入れ、よりよいシステムづくりにつなげていくことも重要です。

光害対策の他の取り組み

アダプティブライティング以外にも、光害対策としてさまざまな取り組みが行われています。

  1. シールド付き照明の導入 光が上方に漏れないよう設計されたシールド付きの照明器具を使用することで、光害を50%程度削減できるとされています。
  2. 色温度の調整 暖色系のLED照明を使用することで、スポーツ施設などからの光害を15%程度削減できる可能性があります。
  3. ダークスカイ保護区の設定 特に光害の少ない地域を「ダークスカイ保護区」として指定し、厳しい照明規制を設けている地域もあります。

まとめ

キャンベラの街灯調光プロジェクトは、都市生活の利便性を損なうことなく光害を軽減できることを実証しました。

25%もの光害削減と1,085トンの炭素排出量削減は、非常に意義深い成果です。

このプロジェクトは、技術革新によって環境問題に取り組む新たなアプローチを示しています。

同時に、私たちに「本当に必要な明るさとは何か」を問いかけ、都市計画や生活様式を見直す機会を与えてくれます。

光害対策は、単に夜空を取り戻すだけの問題ではありません。

エネルギー効率の向上、生態系の保護、そして人々の自然観や宇宙観の再構築にもつながる、多面的な意義を持つ取り組みなのです。

今後、このプロジェクトの知見が世界中の都市で活かされ、より持続可能で星空の美しい都市づくりが進むことを期待しています。

私たち一人一人が、日々の生活の中で光の使い方を見直すことから始めてみてはいかがでしょうか。