ニュージーランドでは、マオリの新年を祝う星の祭典「マタリキ(Matariki)」が、国全体で祝われるようになってから今年で4年目を迎えました。
夜空に輝くプレアデス星団(和名:すばる)の再出現は、マタリキの象徴であり、季節の区切りを告げる大切な天体イベントです。
しかしその美しい天体の姿は、都市部の光害(こうがい、light pollution)によって次第に見えにくくなっています。
さらに、衛星の増加も視界を遮りつつあり、本来暗く静かであるべき夜空は、目にも心にも届きにくいものとなってしまっているのです。
今回は、暗い夜空を守ることがなぜ文化的・環境的に重要なのか、ニュージーランドに住む人々と政府がどのような取り組みを進めるべきかについて掘り下げていきます。
マタリキと星空の文化的意義
マタリキは、プレアデス星団が6月末から7月にかけて明け方の空に再出現することを指します。
これは、マオリにとって新年の始まりを示す重要な天文学的サインです。
マタリキは単なる天体ではなく、農耕の周期、亡くなった先祖の記憶、そして希望や願いを込める時期でもあります。
政府はマタリキを祝日に制定したものの、その関連法案において「星が見えることの重要性」や「暗い夜空の保護」については一切言及していません。
星を見ることが前提である文化を祝うにもかかわらず、その前提が損なわれつつある現状が見過ごされているのです。
代替天体として見られるリゲル(マオリ名:プウアンガ/プアカ、Puanga/Puaka)でさえも、光が強すぎる都市部では識別が困難です。
つまり、星空はマタリキを体験する“舞台”であり、その舞台が消えれば、祝祭そのものの本質も薄れてしまうのです。
都市の光がもたらす静かな脅威
最新の統計によると、ニュージーランド国土の74%(北島)および93%(南島)は視覚的に「暗い夜空」に覆われています。
にもかかわらず、実際にその空を体験できているのは人口のたった3%にすぎません。その理由は都市の光です。
ウェリントン、オークランド、クライストチャーチなどでは、マタリキの祝祭に合わせて多数のライトアップイベントが行われています。
例:
- クライストチャーチ「Tirama Mai」:イルミネーション展示が町を彩るイベント
- オークランド「Tūrama」:大型のライトアート作品が市街地を照らす
- ロトルアやネルソンなどではドローンを使用したライトショー
これらの「光の芸術」は一見魅力的に見えるかもしれませんが、光害の観点から見ると逆効果です。
光は夜空を覆い、星を隠してしまうからです。NASAによると、世界的には2011年から2022年にかけて、星の可視度は年間7-10%ずつ低下しています。
ニュージーランドでも例外ではなく、2012年から2021年で、夜空への光の影響は世界平均の4.2%上回るペースで進行しました。
商業化する宇宙と天体との距離
ニュージーランドは、宇宙開発、特に商業ロケット分野で急速に成長しています。
2017年、マヒア半島から初めて商業用ロケットが打ち上げられ、以降、宇宙からの通信や観測衛星の打ち上げが急増。
それに伴い、夜空を飛び交う人工衛星の「光跡」が視覚的出現率を高めています。
今後、夜空では肉眼で確認できる衛星数が実際の恒星の数を上回る可能性があると専門家は警告しています。
衛星群は、天体観測だけでなく、星空の文化的・精神的価値に対しても重大な影響を与えます。
静かに星と向き合い、自然と対話する時間が失われるばかりか、星座自体が認識しにくくなってしまうのです。
もはや問題は照明だけではありません。「地球の大気圏外」からも夜空は侵されつつあるのです。
SNSや市民の声—「暗い夜」を取り戻したい
X(旧Twitter)やRedditなどを見渡すと、ニュージーランド国内外の天文ファンからの投稿が多く見られます。以下はその一部です。
- 「マタリキの光を祝うのに、なんで星が見えないんだろう?」
- 「子どもにミルキーウェイを見せたかったけど、街の光で見えなかった」
- 「暗い場所まで車で2時間かけたけど、その価値はあった」
特に若い世代の間で、「スターゲージング(星空観察)」や「ダークスカイツーリズム(暗い夜空を楽しむ観光)」に関する関心が高まっており、Instagramなどにも星景写真が多数投稿されています。
その一方で、都市に住む高齢層を中心に「ライトアップイベント」「文化芸術としてのイルミネーション」を好意的に評価する声もあります。
ただ、その裏で「私たちは星を失っている」という長期的視点の議論はまだまだ少数派です。
法整備と未来に向けた提言
2023年には、「暗い夜空を守る」ための法整備を求める請願がニュージーランド議会に提出されました。
しかし、2024年3月には「政府の優先課題により、対応は難しい」との回答がなされ、具体的な進展は見られていません。
暗い夜空を守るために必要なステップは以下の通りです:
- 国民への光害に関する教育プログラムの実施
- 屋外照明の設置や基準に関する国家政策の策定
- マタリキ関連法への「夜空と星の視認性」の明記
- マオリの天文学的叡智(マータウランガ・マオリ)を法制度に組み込む
なぜこれが重要なのか。
それは、文化が形として残るだけでなく、「その文化に込められた自然観」も維持されなければ、意味を失うからです。
興味深い星空スポット in ニュージーランド
ニュージーランドには世界レベルの「ダークスカイ・リザーブ(光害の影響が極めて少ない地域)」がいくつか存在します:
- マッケンジー盆地(Aoraki Mackenzie Dark Sky Reserve):世界初のダークスカイ保護地域
- スチュワート島(Rakiura Dark Sky Sanctuary):世界でも希少な暗い夜空が保たれています
- グレート・バリア島(Aotea):アジア太平洋地域初のダークスカイ認定
これらの場所は、マタリキを含む多くの星々を鮮明に観察することが可能です。
まとめ – 光の中で星を忘れないために
マタリキは、単なる星の出現にとどまらず、自然と一体となった生活のリズムと記憶の象徴です。しかし、光害と宇宙の商業化により、その美しい星空は年々失われつつあります。
今こそ、ニュージーランドが持つ世界的に貴重な「暗い空」を守る取り組みを始めるべき時です。それは、マオリの文化を大切にする姿勢であり、未来の子どもたちにも受け継ぐべき自然遺産でもあります。
「マタリキが見える空」を取り戻すこと。それは、過去と未来を星でつなぐ行為なのです。