夜のヨーロッパの街で、街路灯が白ではなく「赤く」光り始めている場所があることをご存じでしょうか。
デンマーク・コペンハーゲン近郊のグラウサクスや、オランダ、イギリスの一部地域では、夜行性動物、とくにコウモリを守るために赤色LED街路灯が導入されています。
白い人工光は、コウモリの活動や餌探しを大きく妨げる一方で、赤い光はほとんど影響を与えず「ほぼ暗闇と同じ」環境として機能することが研究で示されつつあります。
本記事では、なぜ赤い街灯が「生き物にやさしい照明」として注目されているのか、その科学的背景、欧州各都市の具体例、SNS上の反応、そして今後の都市照明のあり方について考えていきます。
なぜ「赤い街灯」が必要なのか
ヨーロッパの多くの都市では、街路灯のLED化によってエネルギー消費を抑えつつ明るさを向上させてきましたが、その一方で「光害(ひかりがい:生態系や天体観測に悪影響を与える過剰な人工光)」が深刻な問題になっています。
コウモリは夜間に活動する代表的な夜行性動物で、暗闇の中で超音波エコーロケーション(自分の出した音の反射で周囲を把握する能力)を使い、昆虫を捕まえながら飛び回っています。
ところが、白色や青白いLEDのような短波長の光は、彼らの活動を大きく妨げることが分かってきました。
2017年にオランダ国内の暗い森林端で5年間にわたり行われた研究では、ゆっくり飛び、光を嫌うタイプのコウモリは、白色や緑色の光の下では活動量が大きく減る一方で、赤色光と暗闇ではほぼ同じレベルまで活動が維持されることが示されています。
コウモリには大きく分けて、
- 光に敏感で、暗闇を好む「ライトシャイ」な種類
- 街灯の近くでも平気で飛び回る敏捷な種類
が存在します。
前者に属するナミナターコウモリやキクガシラコウモリに似た種(記事中ではNatterer’s batやbrown long-eared batが例示)などは、白い街灯のそばを避けるため、生息地や餌場が分断されてしまうリスクがあります。
逆に、アブラコウモリ(pipistrelle)のような素早い飛行が得意な種は、街灯に集まる昆虫を狙うため、あえて明るい場所に集まることすらあります。
同じ「コウモリ」でも、光に対する感受性が全く違うため、都市照明のスペクトル(光の波長分布)をどう設計するかは、生態系全体にとって重要なテーマになっているのです。
デンマーク・オランダ・イギリスで始まった実証事例
デンマークのグラウサクス自治体では、主要道路とサイクル・スーパーハイウェイ(高速自転車道)の一部区間に赤色LED街路灯を設置するプロジェクトが進められています。
記事によると、高さ約1メートルのボラード型(低いポール状)の赤色ライトが30基ほど並び、それぞれの間隔を広めに取ることで、光を嫌うコウモリが光の筋に長くさらされず、捕食者に見つかりにくいよう配慮されています。
一方で、自転車や車が安全に走行できるだけの最低限の視認性は確保されており、「生き物の安全」と「人の安全」を両立させるデザインになっているのが特徴です。
オランダでは2018年、Zuidhoek-Nieuwkoopという町が世界で初めて「動物フレンドリーな赤色街路灯」を導入した地域として知られています。
この地域の赤色照明も近隣のコウモリコロニーを意識して設計されており、農地や水辺などコウモリの餌場となる環境を断ち切らないように配慮されています。
イギリスでは2019年、ウスター近郊のA4440号線に沿って約60メートルの赤色照明が設置され、「イギリス初のバット・クロッシング(bat crossing:コウモリが安全に横断できるエリア)」が誕生しました。
この赤色ゾーンは、Warndon Woodlandsという自然保護区に隣接しており、コウモリの移動ルートを守るための“空中横断歩道”のような役割を果たしています。
このように、複数の欧州都市が「赤い街灯」を通じて、道路そのものを“生物多様性を尊重するインフラ”に変えようと動き始めているのです。
赤色光とコウモリの科学—なぜ「ほぼ暗闇」と同じなのか
オランダの研究チームが行った実験では、8つの森林端のサイトに異なる色のLEDライトを設置し、5年間にわたってコウモリの活動量をモニタリングしました。
その結果、光を嫌うコウモリは、白色光と緑色光の下では飛行回数が有意に減少し、活動エリアから遠ざかる傾向が確認されました。
一方で、赤色光の下では、暗闇とほぼ同じレベルの活動が維持され、コウモリが極端にこのエリアを避ける様子は見られなかったと報告されています。
なぜ赤い光が「ほぼ暗闇」として機能するのでしょうか。
- 赤色光は波長が長く、視覚刺激としてのインパクトが短波長光より小さい
- 多くの夜行性動物は短波長側により敏感で、赤側の感度が低いと考えられている
- 赤色光は昆虫の誘引効果も相対的に小さいとされ、光に集まる虫の偏りを減らしやすい
こうした要因が組み合わさり、赤色光は「必要最低限の人間の視認性を確保しながら、生態系への影響を抑える妥協点」として機能します。
さらに興味深いのは、コウモリの種による光への反応の違いです。
- ナターラーコウモリやブラウン・ロングイヤード・バットは白色光によって活動が阻害される一方、赤色光ではほとんど影響を受けません。
- アブラコウモリのような敏捷な種は、逆に街灯周辺で昆虫を捕らえやすくなるため、白い光のほうが“狩りに有利”になる場合があります。
- セロティンバットやレッサー・ノクチュールのような大型種は高い高度を飛ぶため、街灯の影響を受けにくいとの報告もあります。
都市計画の観点から見ると、「どの地域にどの種のコウモリがいるのか」を精査し、その感受性に合わせた照明スペクトルを選ぶことが、これからの“生き物に優しい街づくり”の鍵になりそうです。
SNSとネット上の反応—「赤い街灯」は受け入れられているのか
この赤色街路灯のニュースは、欧州や国際メディアで取り上げられると、X(旧Twitter)やRedditなどのSNSでもさまざまな反応を呼びました。
「夜のサイクリングがSF映画みたいだ」「まるでホラーゲームの世界」といったビジュアル面でのコメントがある一方で、「やっと光害に本気で取り組む動きが出てきた」「コウモリに配慮するなんてクールだ」というポジティブな意見も多く見られます。
一部の投稿では、「街全体が赤く染まるのは不気味では?」という懸念も見られますが、実際のプロジェクトは“すべての街灯を赤にする”わけではなく、「コウモリの生息地や移動ルートに近い限られた区間のみ」を対象としていることがしばしば説明されています。
Redditのスレッドでは、「記事を読まずに“街全体が真っ赤になる”と勘違いしている人が多い」という指摘もあり、実際には生態系に配慮した局所的な導入であることが強調されています。
興味深いのは、市民の間で「照明そのものが情報のサイン(シグナル)になる」という視点が共有され始めていることです。
グラウサクスの事例では、赤い街灯が「このエリアは環境的に敏感な場所」「コウモリなどの野生動物が暮らしている場所」であることを示す“ビジュアルメッセージ”として機能する、という解釈が紹介されています。
つまり、赤い光は単なる照明ではなく、「ここには守るべき生き物がいる」という都市からのメッセージでもあるのです。
環境保護と省エネ、都市デザインの新しいバランス
赤い街路灯の導入は、単にコウモリを守るためだけではなく、「環境保護」「省エネ」「安全性」「景観デザイン」という複数の要素を同時に最適化しようとする試みでもあります。
LED照明は従来のナトリウムランプやハロゲンに比べて消費電力が少なく寿命も長いため、エネルギーコストとメンテナンスコストの削減に大きく貢献します。
さらに、調光機能やセンサーと組み合わせれば、通行量の少ない時間帯に明るさを落としたり、人や車が近づいたときだけ明るくするといった柔軟な制御も可能です。
グラウサクスのプロジェクトは、EU資金による「Lighting Metropolis – Green Mobility」といったプログラムの一環として、デンマークやスウェーデンの複数都市で約5万基もの街路灯を環境配慮型に置き換える動きと結びついています。
デンマーク道路局向けの技術報告書では、道路照明がコウモリの行動と生存に与える影響が指摘されており、「完全な暗闇が理想だが、公道では現実的ではない」とした上で、赤色光を含むスペクトル調整を“現実的な落としどころ”として評価しています。
面白いのは、この赤色照明が「ノンバーバルな都市サイン」として機能し始めている点です。
- 赤い街灯=ここは生態系に配慮すべきゾーン
- 通常の白〜暖色系=一般的な都市エリア
といったように、色そのものが市民に対する情報提示になり、環境への意識を自然と高める役割も担っています。
都市の夜景デザインという観点から見れば、「明るく均一に照らすこと」だけが正解ではなく、「暗さ」や「色味」を積極的に設計する時代に入ったと言えるでしょう。
光害と生物多様性、そして私たちの暮らし
光害は、コウモリだけでなく、昆虫、鳥類、さらには植物にまで影響を与えると指摘されています。
例えば、街灯に大量の昆虫が集まると、特定の場所だけ捕食圧が高まり、局所的な個体数減少を招く可能性があります。
渡り鳥は星空や月明かりを頼りに移動する種も多く、過度な夜間照明は飛行ルートの混乱や衝突事故の原因になることも知られています。
一方で、私たち人間の側から見ても、夜間の過剰な光は睡眠の質の低下やサーカディアンリズム(体内時計)の乱れを引き起こす要因として懸念されています。
天文ファンにとっては言うまでもなく、空一面に広がる星空が見えなくなる「空の喪失」も大きな問題です。
こうした広い意味での光害問題に対し、「赤い街灯」は一つの象徴的な解決策として位置づけられます。
色と明るさを賢くコントロールすることで、「安全で便利な夜」と「豊かな夜の自然環境」を同時に守ることが可能であることを、ヨーロッパのケーススタディは示していると言えるでしょう。
まとめ
ヨーロッパ各地で導入が進む赤色LED街路灯は、夜行性動物、とくにコウモリへの影響を最小限に抑えながら、人間の安全性や省エネも両立しようとする新しい都市照明の試みです。
研究によって、白色や緑色の光がコウモリの活動を大きく抑制する一方、赤色光は「ほぼ暗闇」と同等の環境を提供できることが示されており、それに基づく実証プロジェクトがデンマーク、オランダ、イギリスなどで展開されています。
日本でも、光害対策や生物多様性保全が重要なテーマになりつつある今、「色で夜をデザインする」という発想は、大きなヒントになるかもしれません。
あなたの街の夜の明かりも、「生き物にやさしい光」に変えていけるとしたら、どんな風景が生まれるのか—そんな想像をしながら、この新しい赤色照明の流れを追いかけてみてはいかがでしょうか。