夜の地球に宇宙から太陽光を反射させる――SF映画のような構想が、現実のプロジェクトとして動き出しています。
米国のスタートアップ企業Reflect Orbitalが提案する「軌道照明システム」は、衛星に搭載した巨大ミラーで夜間に太陽光を地上へ届けるというもの。
しかし、国際的な光害対策団体DarkSky Internationalは、この計画に強い懸念を表明し、公式声明で反対を表明しました。
一見便利そうなこの技術は、なぜこれほどまでに警戒されているのでしょうか。
「オンデマンド太陽光」とは何か?革新的だが物議を醸す構想
Reflect Orbitalが描くビジョンは、文字通り「必要なときに太陽光を届ける」というものです。
同社の計画によると、低軌道上に配置された衛星群に搭載された宇宙ミラーが、最大5キロメートルの範囲を0.8〜2.3ルクスの明るさで照らすことができるとされています。
この明るさは満月の数倍に相当し、屋外作業や災害対応、さらには太陽光発電の延長などへの応用が想定されています。
ただし、技術的な制約もあります。
衛星は軌道上を移動し続けるため、一つの地点を照らせるのは数分間のみ。目標とする照度を維持するには、複数の衛星を同時運用する必要があります。
同社は最終的に数千基の衛星打ち上げを計画しており、2026年には最初の試作機の打ち上げ承認を米連邦通信委員会(FCC)に求めています。
一見すると革新的な技術ですが、実現すれば人類史上初めて「夜空そのものを改変する」試みとなります。この前例のない環境介入が、多方面から深刻な懸念を呼んでいるのです。
米連邦通信委員会(FCC)
FCCは「宇宙と地上を結ぶ電波の管理者」という役割を担っています。アメリカでは、通信を目的とする人工衛星を打ち上げたり運用したりする場合、どの周波数を使うのか、どれほどの出力で電波を出すのかといった点について、FCCの許可と監督を受ける必要があります。これは、衛星同士や地上通信との電波干渉を防ぎ、宇宙空間でも通信が秩序立って行われるようにするためです。
近年、Starlinkのような低軌道衛星(LEO)コンステレーションが急増する中で、FCCの重要性はさらに高まっています。FCCは、衛星事業者に対して数千機規模の衛星運用を認可する一方で、運用計画の妥当性、デブリ(宇宙ごみ)対策、運用終了後の衛星処分計画なども審査対象としています。つまりFCCは、単に「電波の役所」ではなく、宇宙空間の混雑や安全性にも間接的に関与する存在になっています。
また、天文学や夜空環境との関係でもFCCは無関係ではありません。衛星からの電波は電波天文学に影響を与える可能性があり、さらに通信衛星の急増は光害や天体観測への影響という新たな問題も生んでいます。FCCは主に通信の観点から判断を行いますが、その決定は結果として、宇宙科学や夜空の環境に大きな影響を及ぼすことになります。
このように宇宙開発の分野におけるFCCは、民間宇宙ビジネスの拡大を支える規制機関であると同時に、宇宙空間の秩序を左右する重要な存在だと言えます。NASAが「探査と研究」を担う機関だとすれば、FCCは「宇宙時代の通信ルールを決める機関」と位置づけると理解しやすいでしょう。
生態系への脅威:夜行性生物が直面する存亡の危機
DarkSky Internationalが最も強く警告するのが、生態系への影響です。
科学的研究により、わずかな人工光でも夜行性生物の行動を大きく乱すことが明らかになっています。
数百種にわたる生物が、夜間照明によって方向感覚を失い、渡り鳥は移動ルートを誤り、昆虫は繁殖行動ができなくなります。
魚類や両生類も産卵のタイミングを狂わされ、捕食者と被食者のバランスが崩れることで食物連鎖全体が不安定化します。
これは単なる一部の種の問題ではなく、生物多様性の急速な喪失を加速させる新たな要因となり得るのです。
特に問題なのは、軌道照明システムが「グローバルな規模」で影響を及ぼす点です。
従来の街灯や建物の照明は局所的でしたが、宇宙からの照射は広範囲に及び、しかも複数の衛星による連続照射が可能となれば、逃げ場のない環境ストレスを野生生物に与え続けることになります。
人間への健康リスク:概日リズムの破壊と眼への危険
生態系だけでなく、人間の健康への影響も深刻です。
DarkSky Internationalは、夜間の人工光曝露が人体の概日リズム(サーカディアンリズム)を乱し、睡眠障害、代謝異常、ホルモンバランスの崩れを引き起こすと指摘しています。
これらの概日リズムの乱れは、がん、糖尿病、心血管疾患など、多くの健康問題との関連が研究で示されています。
さらに見過ごせないのが、直接的な眼への危険性です。
声明では、軌道ミラーからの反射光を双眼鏡や望遠鏡などの光学機器を通して見た場合、部分日食を直視するのと同様の眼損傷リスクがあると警告しています。
これは一般市民、特に天体観測を趣味とする人々にとって看過できない危険です。
また、システムの誤作動やミラーの収納失敗が起きた場合、突然の光の閃光や掃射パターンが発生し、夜間視力への影響、航空機の運航、自動車運転者への危険など、公共安全上の重大なリスクをもたらす可能性も指摘されています。
天文学研究への壊滅的打撃と宇宙ゴミ問題
天文学の観点からも、このプロジェクトは深刻な脅威です。
軌道照明装置から散乱した光は空全体の光害(スカイグロー)を著しく増加させ、地上の天文台での観測を困難にします。
衛星群が常時存在すれば持続的な干渉となり、観測施設の近くに直接ビームが照射されれば、高感度な観測機器が損傷する恐れもあります。
すでにスターリンク(Starlink)などの大規模衛星コンステレーション(衛星群)が天文観測に悪影響を与えていると批判されていますが、軌道照明システムはその比ではありません。意図的に光を地球に向けて反射するという性質上、天文学研究への影響は桁違いに大きくなります。
加えて、低軌道上の大型ミラーは微小デブリとの衝突率が高く、衝突によって新たな宇宙ゴミを生成するリスクも高まります。
すでに過密状態の地球軌道環境をさらに悪化させる要因となるのです。
インターネットとSNSでの反応:賛否両論と議論の高まり
Reflect Orbitalの計画は、オンラインコミュニティで激しい議論を巻き起こしています。
X(旧Twitter)やRedditでは、「災害時の照明確保に役立つ」「太陽光発電の可能性を広げる」といった肯定的な意見も見られますが、圧倒的に多いのは懐疑的・批判的な声です。
「夜空は人類共有の財産なのに、一企業が勝手に変えていいのか」「SFディストピアの始まりだ」といったコメントが相次ぎ、一部のユーザーは「光害をさらに悪化させる愚行」と強く非難しています。
天文学愛好家のコミュニティでは、「ただでさえスターリンクで星が見えにくくなっているのに、これ以上夜空を奪わないでほしい」という切実な訴えが広がっています。
興味深いのは、技術者や起業家コミュニティでも意見が割れている点です。
「イノベーションを規制で潰すべきではない」という立場と、「環境影響評価なしに進めるのは無責任」という立場が対立しています。
DarkSky Internationalの公開書簡への署名を呼びかける動きも活発化しており、この問題は単なる技術論争を超えた社会的議論へと発展しています。
規制の空白地帯と求められる透明性
現状の法規制体制には重大な問題があります。
DarkSky Internationalが指摘するように、FCCによる衛星展開の承認プロセスには、国家環境政策法(NEPA)に基づく環境影響評価が義務付けられていません。
この「規制のギャップ」により、地球規模の環境影響を持ち得るプロジェクトが、十分な科学的検証なしに進められる可能性があるのです。
DarkSky Internationalは、FCCに対してこの規制上の抜け穴を塞ぐよう求めるとともに、Reflect Orbitalに対しても、法的義務の有無にかかわらず、独立した専門家による包括的な環境影響評価を自主的に実施するよう呼びかけています。
同団体は「責任ある屋外照明の5原則」――必要性、対象の限定、低照度、適切な制御、適切なタイミング――に基づいて活動しており、軌道照明システムはこれらの原則と根本的に矛盾すると主張しています。
科学的対話と透明性へのコミットメントを強調しつつ、「環境や公共への害がないことを実証する立証責任は事業者側にある」との立場を明確にしています。
まとめ – 人類は「夜」を守れるか
Reflect Orbitalの軌道照明システムは、技術的な野心と環境保護の間の深刻な対立を象徴しています。
便利さや経済効果を追求する一方で、生態系、人間の健康、天文学研究、そして何より「自然な夜空」という人類共有の遺産を失うリスクを冒す価値があるのか――この問いに、私たちはまだ答えを出していません。
DarkSky Internationalの反対声明は、単なる反対運動ではなく、科学的根拠に基づいた警告です。宇宙開発の自由と地球環境の保護をどうバランスさせるか、透明性のある評価プロセスをどう確立するか、そして「夜空を誰が所有し、誰が変える権利を持つのか」という根源的な問いに、国際社会は早急に向き合う必要があります。
今後の規制動向と、Reflect Orbitalがどのような対応を取るのか、注視していく必要があるでしょう。