イングランド中部ウォリックシャー州の小さな村ダンチャーチで、ビジネスパーク「シンメトリー・パーク」の拡張計画をめぐり、住民と開発会社の対立が深まっています。
BBCニュースは、この計画によって隣接する古代林カウストン・スピニーに広がる光害(ひかりがい)が、コウモリや野鳥、さらには人間の生活リズムにまで影響を与えていると伝えています。
https://www.bbc.com/news/articles/cd9zn8134z7o
一方、開発会社は「安全確保に必要な最小限の照明」だと主張し、雇用や経済効果とのバランスを強調します。
この記事では、計画の概要、光害が生態系に与える影響、SNS上の議論、そして私たちがこの問題から何を学べるのかを、多角的に掘り下げていきます。
ビジネスパーク拡張計画の全体像
問題の舞台となっているのは、物流倉庫が立ち並ぶビジネスパーク「シンメトリー・パーク」で、ここにさらに倉庫群と大型トラック(HGV:大型貨物車)用の駐車エリアを追加する計画が進んでいます。
計画では、合計約111エーカー(東京ドーム約9個分)の土地が倉庫と駐車スペースで覆われるとされ、村を取り囲む約5,000戸の新築住宅計画とも重なって、地域の景観や自然環境への圧力が急速に高まっていると住民は感じています。
住民団体「Action for Dunchurch」の代表ジョー・フィリップスさんは、「住宅も雇用も必要だと理解しているが、その代償として古代林や野生生物を失ってよいのか」と疑問を投げかけ、カウストン・スピニーを「村の大切な資産」と表現しています。
こうした発言から見えてくるのは、「開発か保全か」という単純な対立ではなく、「どこまでの開発なら地域社会として受け入れられるのか」という線引きの問題です。
一方、開発会社トライタックス・ビッグボックスは、「すべての計画は自治体の開発許可に沿っており、健康と安全を守るために必要な最低限の照明設計をしている」と強調します。
彼らは「安全なオペレーション(施設運営)と環境への影響の最小化を慎重に両立させている」と主張し、法令順守と企業としての責任を前面に押し出しています。
つまり、表向きには「合法かつ慎重な開発」と「地域住民の生活実感」のギャップが、この問題の根底にあると言えます。
光害とは何か―空を覆う「見えない公害」
ダンチャーチの住民たちが特に問題視しているのが、倉庫群から放たれる強い照明による「深刻なスカイグロー(skyglow:夜空がぼんやり明るくなってしまう現象)」です。
スカイグローは、照明が大気中で散乱し、遠く離れた場所の空まで明るくしてしまう光害の代表的な形で、天体観測の妨げになるだけでなく、夜行性動物の行動パターンにも大きな影響を与えます。
光害は、大きく以下のようなタイプに分けられます。
- スカイグロー:夜空全体が明るく見える現象。
- グレア(glare):まぶしさによって視界が損なわれる状態。
- ライトトレスパス(light trespass):家の窓など、本来照らす必要のない場所に光が侵入すること。
今回のケースでは、倉庫からの光が周囲の住宅地まで入り込み、「もし誰かが寝室の窓に向けて投光器を当て続けたら、睡眠不足で健康を害するのは時間の問題だ」と地元の野生生物保護団体ワーウィックシャー・ワイルドライフ・トラストの担当者は例えています。
これは、ライトトレスパスが人間の睡眠やメンタルヘルスに影響し得ることを、非常にわかりやすく示した比喩です。
さらに問題なのは、カウストン・スピニーが「古代林(少なくとも数百年にわたり継続的に森林として維持されてきた貴重な森)」であり、郡の自然保護上重要なローカル・ワイルドライフ・サイトの一部である点です。
こうした場所は、一度生態系が壊れると回復に非常に長い時間がかかるため、開発による光害や騒音の影響は、単なる景観の問題ではなく、長期的な生物多様性の損失につながりかねません。
コウモリと野鳥に何が起きるのか
ワーウィックシャー・ワイルドライフ・トラストによると、カウストン・スピニー周辺にはキツツキや「スポッテド・フライキャッチャー(spotted flycatcher:イギリスでも数が減っているヒタキの仲間)」といった希少な鳥類に加え、アナグマやハリネズミなど、多様な野生動物が暮らしています。
これらの生き物は、暗い環境や季節ごとの光の変化を手がかりに行動しており、夜間照明の増加はその「自然な時計」を狂わせてしまいます。
特に大きな影響を受けるとされるのがコウモリです。多くのコウモリは、巣穴から出るタイミングを“外の明るさ”で慎重に判断しており、巣の出入り口付近が明るく照らされると、出現時間が大きく遅れたり、そもそも外に出ること自体を避けたりすることが研究から分かっています。
その結果、餌となる昆虫が多い時間帯を逃してしまい、十分な栄養を取れなくなったり、繁殖成功率が下がったりする可能性が指摘されています。
最近の研究では、住宅街レベルの比較的小規模な照明であっても、光を嫌うコウモリの生息地を大きく制限し、群集構成を変えてしまうほどの影響があることが示されています。
つまり物流倉庫のような大規模な照明設備は、その周辺数キロ単位で「暗闇を好む種が暮らしにくい」帯を広げてしまう可能性が高いと考えられます。
BBCの記事でも、既存の開発による視覚的なインパクトが、コウモリのナビゲーションや、野生動物の概日リズム(サーカディアンリズム:約24時間周期の体内時計)を乱しているとの懸念が紹介されています。
昼と夜、季節ごとの日照時間の変化といった光の情報は、生き物の「一年のリズム」を司る重要なシグナルであり、人工光がこの信号を上書きしてしまうことが、静かな森の中でじわじわと進む「見えない環境破壊」と言えます。
SNSとネット世論が映す「開発と自然」の価値観
このような地域の環境問題は、今やローカルニュースだけにとどまらず、X(旧Twitter)やFacebookなどSNS上でも議論の対象になります。
BBCの報道をきっかけに、ダンチャーチやウォリックシャーに関連するハッシュタグでは、「#lightpollution」「#SaveCawstonSpinney」など、光害と森の保護を訴える投稿が相次いでいると複数のニュースサイトが紹介しています。
こうした投稿の多くは、夜空をオレンジ色に染める倉庫照明の写真や、かつての暗く静かな森の様子を写した写真を並べ、「私たちがこの村に引っ越してきた理由は、この暗闇と静けさだった」といった思いを共有しています。
光害や生物多様性のテーマに関心の高いアカウントからは、コウモリや野鳥への影響を示す研究へのリンクや、他地域での照明削減・ダークスカイ条例(dark sky policy:夜空の暗さを守るための規制)導入の成功例が紹介されることも多く、ローカルな問題を通じて、英国全体、さらには世界的な「夜空の保護」への意識が可視化されている形です。
一方で、「雇用や物流のインフラを支えるためには、ある程度の光害は仕方ない」「安全に働くには明るい職場環境が必要だ」という現実的な意見も一定数存在します。
ローカル経済やサプライチェーンの強化と、自然環境や住民の生活環境の保全をどう両立するかは、多くの国で共通する課題であり、この点でダンチャーチは「世界の縮図」のような事例とも言えます。
個人的な視点として興味深いのは、SNS上で「完全な反対」か「無条件の賛成」かの二択ではなく、「照明の種類や向きを変えればよいのでは」「運用時間を制限できないか」といった、具体的な解決策を模索する声も増えている点です。
テクノロジーと規制の組み合わせで光害を減らしつつ、経済活動も維持しようとする動きは、今後の環境政策や企業のESG(環境・社会・ガバナンス)戦略にとって重要なヒントになりそうです。
開発と自然保護は両立できるのか
開発会社は「最小限の照明」「計画許可に完全準拠」といったメッセージを出していますが、それでも住民や環境団体の懸念が消えないのは、「法的に問題がないこと」と「地域社会が納得できること」は必ずしも一致しないからです。
自然環境、とくに古代林のような場所は、法律の条文だけでは測れない価値を持っており、「この森があるからこの村を選んだ」という生活者の感情が強く結びついています。
では、開発と自然保護は両立不可能なのでしょうか。
必ずしもそうとは限りません。現在、光害対策としては、以下のような実践的な手段が知られています。
- 下向きに光を絞るフルカットオフ型照明の採用。
- 必要な範囲だけを照らすセンサー連動型照明や調光システムの導入。
- 青白い光よりも野生生物への影響が少ないとされる暖色系の照明や特定波長のLEDの選択。
- 夜間の一定時間帯に照明を減光・消灯するタイムスケジュール運用。
これらはすでに欧州各地や北米の保護区・住宅地で導入されており、光害を抑えつつ防犯や安全性を確保する事例が報告されています。
ダンチャーチのケースでも、こうした技術的なオプションと、住民・専門家・企業・自治体の対話を組み合わせることで、「0か100か」ではない折衷案を探る余地は大いにあるはずです。
現在、計画はラグビー・バラ・カウンシル(Rugby Borough Council)の審査中であり、11月30日まで住民からの意見募集(パブリック・コンサルテーション)が行われています。
これは、日本でいうパブリックコメント制度に近いプロセスで、市民一人ひとりの声が公式な判断材料の一つとなります。
光害や生態系の問題は、専門家だけの議題ではなく、「どんな夜を子どもたちに残したいか」という、私たち全員の価値観が問われるテーマだといえるでしょう。
イギリスの光害対策と「ダークスカイ」の潮流
イギリスでは、光害が星空観察や野生生物に与える影響が広く認識されるようになり、「ダークスカイ・パーク(Dark Sky Park:夜空の暗さを守る保護区)」や「ダークスカイ・リザーブ」として国立公園などが指定される動きが進んでいます。
これらの地域では、屋外照明の明るさ・向き・色温度などに厳しい基準が設けられ、観光資源としての星空と、生態系保全を同時に推進しています。
また、イギリスの一部自治体では、住宅地の街灯を深夜に減光・消灯する政策や、環境配慮型の照明ガイドラインを導入する例も増えています。
こうした流れを考えると、ダンチャーチ周辺の開発計画も、単なる「ローカルな利害調整」にとどまらず、国全体の光害対策の方向性を象徴するケースとして注目される可能性があります。
まとめ
ダンチャーチのビジネスパーク拡張計画は、古代林カウストン・スピニーとそこで暮らす野生動物、そして住民の夜の静けさにまで影響を与える光害問題として、大きな波紋を広げています。
一方で、雇用や物流のインフラ強化も無視できない課題であり、「開発か自然保護か」という二項対立ではなく、「どのような条件なら両立し得るのか」を社会全体で考える必要があります。
読者の皆さんの地域でも、大型施設の建設計画や街路灯の更新など、「夜の環境」を左右する場面は少なくありません。
ニュースをきっかけに、自分の住む場所の星空や生き物たちのことを見つめ直し、必要であれば行政への意見提出やコミュニティでの対話に一歩踏み出してみてはいかがでしょうか。