現代都市から消えた無数の星々と宇宙への扉

「本当に星に満ちた夜空を見ることは、私たちのほとんどにとってもはや簡単ではない」—IEEE Spectrumに掲載された記事「Face to Face With the Scale of the Cosmos」で報告されたこの言葉は、現代の深刻な光害問題を象徴しています。

https://spectrum.ieee.org/scale-of-light-pollution

この記事は、著者がチリの天文台を訪れ、世界最高クラスの暗い夜空の下で宇宙の壮大さと直面した体験を綴ったものです。

かつて誰もが当たり前に見上げていた満天の星空が、今や都市部に住む人々にとって遠い記憶となってしまいました。

本記事では、このIEEE Spectrumの報告をもとに、光害が私たちの夜空と天文学研究に与える影響、そして私たちが失おうとしている宇宙への窓について詳しく探っていきます。

光害の現実:ボートルスケールが示す深刻度

消えゆく星空の科学的測定法

光害の深刻度を測る指標として「ボートルスケール(Bortle Scale)」という9段階の分類システムが使われています。

この尺度は、ニューヨーク州のアマチュア天文学者ジョン・E・ボートル氏が考案したもので、1(最も暗い自然な夜空)から9(都市部の明るい夜空)までの段階で光害の程度を表します。

世界人口の83%が光害の影響を受けた空の下で生活しているという統計が示すように、多くの人々はボートルスケール5以上の環境で暮らしており、自然な暗い夜空を体験することがほとんどありません。

特に日本を含む先進国の都市部では、レベル7〜9の環境が一般的で、住民はこの明るい状態を「通常の暗さ」だと認識してしまっています。

LED照明が加速させる光害問題

過去10年間で、従来の電球からLED照明への転換が光害問題をさらに深刻化させています。

LEDは従来の照明よりも明るく、エネルギー効率が高い反面、より青白い光を放ち、しばしばより多くの光を夜空に無駄に放出します。

最近の研究では、2011年から2022年にかけて世界の光害が年間10%の割合で増加し、約8年ごとに倍増していると報告されています。

天文学への深刻な影響:研究現場からの警鐘

世界屈指の観測地チリでも進む光害

チリ北部は年間300夜以上の晴天に恵まれ、世界で最も乾燥し澄んだ空を持つ天文観測の聖地として知られています。

しかし、この理想的な環境でさえ光害の脅威にさらされています。

地元の環境活動家ペドロ・サンフエサ氏によると、ラ・セレナの人口は25年間でほぼ倍増し、それに伴って光害も拡大しているといいます。

特に深刻なのは、アタカマ砂漠に提案されている大規模なINNAプロジェクト(7,400エーカーのグリーン水素生産施設)です。

この計画が実現すれば、世界で最も重要な天文台の一つに深刻な光害をもたらす可能性があります。

「光害、空中の粉塵、大気の乱れが体系的に過小評価されている」とサンフエサ氏は警告しています。

鉱山業界との困難な調整

チリでは鉱業が輸出の半分以上を占め、世界の銅の約4分の1、リチウムの30%を生産しています。

夜間の鉱山は小都市のように光り輝きますが、サンフエサ氏らの努力により、技術的な解決策を通じて光害の削減が徐々に進んでいます。

「鉱山には多くの優秀なエンジニアがいるので、適切な方法で技術的解決策を説明すれば、変化を起こしてくれる」と彼は説明します。

人工衛星がもたらす新たな脅威

急増する宇宙の人工光源

近年、天文学コミュニティが直面している新たな課題が人工衛星による光害です。

数十年前は数百個程度だった人工衛星の数は、現在約12,000個に膨らみ、今後10年で100,000個以上になると予測されています。

2020年にSpaceXは国際天文学コミュニティと協力することに合意したものの、スターリンク衛星の明るさが研究に与える問題は拡大し続けていると報告されています。

特に夕暮れと夜明け前の時間帯—多くの人が空を見上げる時間—には、静止した星と同じくらい多くの「動く星」で夜空が混雑する可能性があります。

天文学者たちは「前例のない地球規模の自然への脅威」だと警告を発しています。

SNS上での天文愛好家の反応

天文学者らは人工衛星の急激な増加について「前例のない地球規模の自然への脅威」だと警告していることを受けて、SNS上では天文愛好家たちの間で深刻な議論が交わされています。

特にX(旧Twitter)では、#LightPollution(光害)や#SaveOurSkies(私たちの空を守ろう)といったハッシュタグで、衛星の光跡が写った天体写真や、失われつつある星空への嘆きの声が多数投稿されています。

プロの天文学者だけでなく、一般の星空愛好家も「子どもの頃に見えていた星が見えなくなった」「天体写真に写る衛星の線が増え続けている」といった体験を共有し、問題の深刻さを実感している様子がうかがえます。

失われるもの:宇宙とのつながりと畏敬の念

人類共通の遺産としての星空

著者が チリの天文台で体験した感動—南十字星、逆さまに見えるオリオン座、マゼラン雲—は、私たちの祖先が見ていたのと同じ宇宙の景色です。

「自然に暗い場所に行き、祖先が知っていたような夜空を見ると、何を感じるかというと、それは『認識』です」と文中で述べられているように、星空との再会は、私たちが失っているものを気づかせてくれます。

大マゼラン雲には推定300億個の星があり、16万光年の距離にあります。

小マゼラン雲は20万光年の彼方にあります。これらの数字は人間の理解を超えていますが、だからこそ私たちに謙虚さと畏敬の念をもたらします。

「宇宙は月までの距離の200京倍も大きい」という天文学者フィル・プレイト氏の言葉は、私たちの存在の小ささと同時に、その貴重さを教えてくれます。

子どもたちの未来への懸念

6歳の娘を持つ著者の心配は、多くの親が共感するものでしょう。

人工光の拡散と人工衛星の爆発的増加により、これらの変化は天文学的な時間スケールから見れば瞬間的に起こっています。

130億年前の光を見ることができる私たちの目が、わずか数十年の人間活動によって宇宙からの光を遮られているという皮肉な現実があります。

日本の状況と取り組み

日本の光害対策と暗い空の保護区

日本でも光害は深刻な問題となっており、特に首都圏や関西圏では市街地の光により、肉眼で見える星の数が大幅に減少しています。

しかし、一方で美星町(岡山県)や阿智村(長野県)など、「日本で最も美しい星空」を保護する取り組みも進んでいます。

国際ダークスカイ協会認定の暗い空保護区として、石垣島の「西表石垣国立公園」が2018年にアジア初の認定を受けるなど、日本でも星空保護の意識が高まっています。

また、環境省による全国星空継続観察や、各地の天文台による光害調査も継続的に行われています。

これらの取り組みは、単に天文学研究のためだけでなく、生態系への影響軽減や観光資源としての星空活用という観点からも注目されています。

夜間の過剰な照明は渡り鳥の行動や昆虫の生態系にも悪影響を与えるため、環境保護の観点からも光害対策は重要な課題となっています。

まとめ:今こそ行動を起こすとき

光害問題は一見すると抽象的な問題のように思われがちですが、実際には私たち全員が関わる現実的な課題です。

夜空が年間10%ずつ明るくなり続けている現状を放置すれば、未来の世代は宇宙の壮大さを直接体験する機会を完全に失ってしまうかもしれません。

しかし、まだ希望はあります。技術的な解決策(適切な照明設計、シールドの使用、必要な場所にのみ光を向ける)や政策的な取り組み(光害規制、暗い空保護区の設定)、そして私たち一人一人の意識改革により、この問題は改善可能です。

チリの暗い空がそうであるように、「失う理由はなく、今ならまだ間に合う」のです。

宇宙との結びつきを取り戻し、未来の子どもたちに満天の星空を残すために、今こそ私たち全員が行動を起こすべき時なのです。