かつて私たちは、夜空を見上げれば当たり前のように星が瞬く風景を目にしていました。
ところが現代の都市部では、星を見つけるのが困難になりつつあります。
その原因は「光害(こうがい)」──つまり、過剰な人工照明による環境への悪影響です。
最近では、この光害が単に「天体観測の妨げ」といったレベルを超えて、人体への悪影響やエネルギー浪費、さらには生態系へのダメージにまでつながっていることが明らかになってきました。
今回は、アメリカで「ダークスカイ・フレンズ」という市民団体を立ち上げたアイリーン・クレイギー氏の活動を軸に、私たちにできる対策とその意義を深掘りしていきます。
光害とは何か?
「光害(light pollution)」とは、本来必要のない方向にまで漏れ出した人工照明が、夜間環境や生物、人間の健康に悪影響を与える現象を指します。専門的には以下の3つの要素に分けられます。
- 天頂光害(Skyglow):都市の空が白っぽく明るくなる現象
- 眩光(Glare):まぶしさにより視界が妨げられる状態
- 光の侵入(Light Trespass):他人の敷地や窓に不要な光が侵入する現象
これらの現象は、単なる「まぶしい」「星が見えない」といったレベルではなく、私たちの生活や健康に深く関わっているのです。
◆健康への影響──眠れぬ夜は照明のせいかもしれない
最新の研究によると、過剰な夜間照明は私たちの概日リズム(サーカディアンリズム)、つまり体内時計を乱します。この乱れは、以下のような健康問題と関係していると指摘されています。
- 睡眠障害
- うつ症状や不安障害
- 肥満
- 糖尿病
- 乳がんや前立腺がんなどの発症リスク増加
- アルツハイマー型認知症との関連の可能性
例えば、アメリカ疾病予防管理センター(CDC)の報告によると、アメリカ人の3人に1人が慢性的な睡眠不足に悩んでおり、夜間照明の影響も要因の一つとして注目されています。
子どもたちと未来──「まぶしい夜」で育つということ
クレイギー氏は「子どもたちが常に明るすぎる環境で育っていることを懸念している」と語っています。
朝日や夕日のように時間帯によって自然に変化する光の色温度(※色温度:光の色味を表す数値。昼光色は5,000K以上、電球色は2,700K前後)に私たちの体は適応してきました。
ところが現代の照明──特に白くて強いLED照明は、夜間にも昼間と同じような光を発してしまい、脳が「まだ昼間だ」と誤認してしまうのです。
この現象が「メラトニン(睡眠ホルモン)」の分泌を妨げ、睡眠の質を低下させる原因となっています。
生態系への影響──虫も、植物も、夜を必要としている
光害は人間だけでなく、動植物にも甚大な影響を与えます。たとえば:
- ホタルや蛾といった夜行性の昆虫は、人工光によって繁殖行動が妨げられ、個体数が激減。
- 鳥類は夜間に移動する種が多く、人工照明に引き寄せられて建物に衝突する事故が多発。
- 植物は落葉や開花のタイミングが狂い、気候とのミスマッチが生じる。
実際、ある研究では「街灯の下の樹木が通常より1週間早く芽吹き、1週間遅れて落葉する」という結果も報告されています。
光害対策にできる5つの行動──誰でもすぐに始められる
クレイギー氏が提唱する「責任ある屋外照明の5原則」は、どれも今すぐ始められるシンプルな方法ばかりです。
- 完全にシールドされた照明器具を使う
→ 上方向に漏れる光を防ぎ、必要な場所だけを照らす - 本当に必要な場所にだけ設置する
→ 安全確保のための明かりだけに限定 - 色温度は「電球色(2,700K以下)」にする
→ 昼光色(白色LED)ではなく、暖かみのある光を選ぶ - 明るすぎない光量に抑える
→ 明るすぎる照明は逆効果。適正ルーメンを守る - タイマーやモーションセンサーを活用する
→ 人がいる時だけ点灯させ、無駄をなくす
これらを実践するだけで、自宅から始められる光害対策になります。
とくに「モーションセンサー」の導入は、電気代削減にも直結します。
なぜ街灯は明るすぎるのか?──行政と企業のジレンマ
街のインフラ整備では、安全性を重視するあまり、必要以上に明るい照明が採用されがちです。
しかし一度導入された照明インフラを変更するには多額のコストがかかります。
アメリカでは、1つの自治体がLED照明に置き換えるために数十万ドル(数千万円)を投じた例もあります。
ここで必要なのは「計画段階から光害の影響を考慮した設計」です。
たとえばオランダでは、自治体が住民と協力して「夜間消灯エリア」を設け、自然と共生する街づくりに成功しています。
こうした先進事例を日本でも積極的に取り入れるべきでしょう。
まとめ──「星空を取り戻す」ことは、健康と未来を守ること
光害というと、天体観測マニアの問題と思われがちですが、実は私たち全員に関係のある深刻な環境問題です。
睡眠の質が悪いと感じているなら、それはベッドの問題ではなく「照明」が原因かもしれません。
まずは、今日からでも実践できる対策──
- 自宅の照明を見直す
- タイマーやセンサーを導入する
- 色温度を意識して選ぶ
たったこれだけでも、夜空に星が戻ってくるかもしれません。
そしてなにより、この問題は私たち一人ひとりの意識で変えられる数少ない環境問題のひとつです。
星空を子どもたちに残したいと思うなら、今すぐ照明のスイッチを見直してみましょう。