本記事では、国際的なオピニオンサイト「The Conversation」に2025年10月掲載された注目記事をもとに、“月時計”と呼ばれる人間や多くの生き物に受け継がれてきた月周期のリズム、そして現代社会の光害(人工的な照明による夜空や環境への悪影響)が私たちにもたらす変化について解説します。

https://theconversation.com/humans-have-an-internal-lunar-clock-but-light-pollution-is-disrupting-it-266717

かつて夜を支配していたのは月の静かな光でした。

しかし今、都市のネオンや家々の明かりが夜空を覆い「本物の夜」を見失いつつあります。

こうした光害は、私たちが気づかないうちに人間や多くの生き物の「内なる月時計(ルナーリズム)」に変化をもたらしています。

最新の研究や実験事例を通し、「月のリズム」が私たちの生理や社会・生態系にどのような影響を与えてきたのか、現代社会で失われつつある自然とのつながりについて考察します。

月時計とは何か?生き物を導く“隠れたリズム”

「月時計(ルナーリズム)」とは、29.5日周期の月の満ち欠けに合わせて進む体内時計のことを指します。

地上の多くの生物、もちろん人間にもこのリズムが受け継がれています。

例えば、サンゴは月の特定の夜に卵や精子を一斉放出し、繁殖機会を最大化します。

これは“サンゴの大規模スポーニング”として知られていますが、月光の変化を正確にとらえ誘導される現象です。

ヒトにおいても、睡眠や生殖、行動パターンに月の影響が見られます。

最新の国際的研究によれば、約400人のシアトルの学生と、南米アルゼンチンのトバ(Qom)先住民を比較したところ、満月前後3〜5日は就寝時間が30〜80分遅く、睡眠時間が20〜90分短くなる傾向が確認されました。

これらは都市部でも認められますが、人工光の少ない地域ほど顕著に表れます。

さらに、女性の月経周期が満月や新月と同調して始まっていた事例もありましたが、2010年以降のスマートフォンやLED普及とともに、その同調傾向は一部を除いて消失したとするデータも発表されています。

こうした現象は「月の重力」や「メラトニン(睡眠を促すホルモン)」分泌への影響とも絡み合い、単に光だけでなく複数の環境因子が関与していると分析されています。

人工光と都市化―夜の景色が生物リズムを変える

現在、世界人口の8割以上、欧米ではほぼ全員が光害の影響下にあると推定されています。

特にシンガポールやクウェートなどでは「暗闇のない国」とさえ呼ばれ、人工光が空の明るさを永久的に保っています。

国際的な「World Atlas of Artificial Night Sky Brightness」の調査によれば、都市部の夜空はもはや自然の輝きを失い、天の川が肉眼で見えない地域が増加しています。

このように夜間の光度が高まることで、従来は月の光に従ってきた体内時計のメリハリが失われています。

睡眠時間の短縮、不眠傾向、日中の眠気など健康リスクも指摘されています。人間だけでなく、コウモリ、海辺のカメ、渡り鳥など多くの動物でも、月や星を頼りにした移動・繁殖のタイミングが狂い始めているのです。

サンゴや昆虫…月のリズムに生きる生物たちの危機

月のリズムに従って行動・繁殖する生物は多く、サンゴの他にも昆虫や一部の魚類で“潮の干満”や“月齢”を感知して繁殖や産卵、移動を行う例が知られています。

たとえば、潮間帯に生息する海洋昆虫「Clunio marinus(クリュニオ・マリヌス)」は、月齢と潮汐両方の内的時計(体内の“コインシデンス・ディテクター”)を持ち、それが繁殖のタイミングと見事に一致することが分子レベルの遺伝子解析からも確認されています。

一方、都市部や観光地における人工光は本来夜間しか現れなかった明るさをもたらし、サンゴの一斉放卵放精現象がタイミングを失ってしまい繁殖率低下を招いていると言われています。

海の生態系バランスを支える重要なリズムが、光害や温暖化といった複合的な人為的要因によって崩されてきているのです。

SNS・インターネット上の反応―現代社会の「時の感覚」喪失と再発見

X(旧Twitter)や各種フォーラム、海外の掲示板では「昔は満月の夜の神秘にワクワクしたけど、今は明るすぎてそれを感じなくなった」「田舎では子どもと一緒に星を見て季節や月齢を伝える体験が大切だ」など、急速な都市化やデジタル化で“時の流れ”が平坦化されていることへの危機感と郷愁を共有する声が目立ちます。

一方で、科学的視点から「現代には人口密集に伴い人工照明が不可避だが、その反面、“自然な夜”を守る運動や星空観察イベントが拡がっている」という前向きな意見も増えています。

学術的には「自然との接点喪失が、世代を越えた“環境的世代健忘(environmental generational amnesia)”を加速させている」ことが心理的影響として警鐘を鳴らしており、都市生活者のストレス軽減策として“自然との再接続”の必要性を訴える声も広がっています。

「月時計」研究の最前線—生物学・医学分野の最新知見

最新の医学研究では、被験者が満月の頃になると平均で約5分入眠が遅れ、深い睡眠(スローウェーブ睡眠)が約30%低下すること、またメラトニン分泌も減少することが、実験的に証明されています。

さらに、電気照明の普及以前には多くの女性の月経周期が満月や新月に同調して始まっていたという記録も論文として発表されています。

こうした事実により、私たち人類には依然として「隠れた月時計」が存在している一方、その効果や自然との結びつきは都市化とともに希薄化しつつあるのです。

これを補うため、専門家らは「意識的に夜間の光刺激を制限し、“夜と昼のコントラスト”を生活に取り入れるアプローチ」を推奨しています。

現代人が失いかけている“時の多様性”を取り戻すことが、心身の健康を守るカギとなりそうです。

星空と自然リズムの復権に向けて

国際的には、星空保護活動「ダークスカイ・イニシアティブ」など、人工照明を制限し“本物の夜”を取り戻す運動が欧米やアジア各国で広がっています。

特に公園や山間部では“星空保護区”が設定され、市民や旅人に「天の川」や「満月の静寂」を再発見してもらうイベントも増加傾向です。

加えて、日本国内外で“デジタルデトックス”や“電気を消して眠る夜”など、生活に自然なリズムを取り戻す試みが注目されています。

光害を巡る議論は、単なる環境問題にとどまらず、心身のウェルビーイングや文化的多様性の回復にも深く関わる重要なテーマです。

まとめ

月に導かれてきた私たちの「体内時計」は、人工光と共にそのリズムが弱まっています。

しかし、科学が証明する“月時計”の存在や、SNSでの郷愁・反省の声からも、現代人は本来の自然とのつながりを求めていることが分かります。

“星空”や“月明かり”を日常に取り戻す試みが、眠りや心の健康、そして私たち自身の「時の感覚」復権へとつながっていくことでしょう。

都市の明かりに溶け込む前に、今夜は空を見上げてみませんか?